あなたに捧ぐ潮風のうた
「失礼いたしました」
「……どうか、お止めください。助けていただけなければわたくしは怪我をしていたでしょうから」
たとえ小宰相が義則を兄のように慕っているとしても、本来、義則は小宰相と気軽に話せる身分でもなければ、助ける為とはいえ触れることも許されない。
しかし、助けずに小宰相が怪我をすれば彼が罰せられる。
今もこうして、身分が違うという理由だけで彼に謝罪を強いてしまう。
「勿体無いお言葉です」
恭しく頭を垂れた義則は衣擦れの音も立てず、しなやかに立ち上がって「では、参りましょう」と小宰相を促した。
義則は先導して小宰相の足元を照らし出す。
お互いに暫く無言であったが、ふと義則が「姫様」と声をかけてきた。
「本日はお誘いいただきありがとうございました。知らないことも多く、視野が広がりました」
「そうですか、それは良かったです」
小宰相は頬を撫でる夜風を感じながら微笑んだ。
少しの沈黙の後、義則がくすりと笑う。
「……姫様は誰よりもお美しく、賢くていらっしゃる。妻にと欲する殿方も数多(あまた)いらっしゃると聞き及んでおります」
唐突な言葉に小宰相は瞠目した。
しかし、義則はその後何も言わないので、会話はそこで途切れた。
「義則、貴方は何を考えていらっしゃるの」
牛車に乗る前、小宰相は義則に尋ねた。
すると、義則は少し驚いたように目を見開いたが、直ぐにいつものように微笑む。
「ただ、姫様のために為すべきことを」
それ以上、彼は何も語らなかった。