レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
老人は、優しげな目元を更に緩めた。糸目が更に細くなり、生まれたての三日月みたいだ。
「先に着いとったのか。若い者を待たせたとは、すまないな」
「いえ。お気になさらず」
(驟雪国の言葉だ……。じゃあ、彼は驟雪の者か)
僕は身体を捻りながら、軽く片手を前に出すと、隣に居た陽空がすくっと立ち上がった。そのまま足取り軽く彼らの前に行くと、女性に手を差し出して握手を求めた。
「初めまして。俺、陽空。水柳国で将軍やってます。お姉さん名前は? 年幾つ?」
(言うと思った)
呆れてため息をつくと、陽空は僕を振り返った。
「ほら、レテラ! 仕事、仕事! 通訳、通訳!」
「はい、はい」
急かされながら僕は立ち上がり、メモ帳を取り出す。これもちゃんと記録しとかなくちゃな。陽空は呆れたナンパ野郎だけど、僕が調べた限りじゃ、優秀な人物だ。まあ、もっとも、国が違うから噂程度でしかないんだけど。
だから、自分で見聞きして、こういうギャップを知るのも、楽しみの一つであるわけだし。
僕は木炭を仕込んだペンを取り出して、メモ帳にやり取りを書こうとした。僕はいつも誰かの話を聞く時は、はした紙をジュストコールの内ポケットに入るくらいの大きさに切って、紐で結んだ自作のメモ帳に、その人の話を書きとり、後で巻物に筆で清書していた。だから今回もそうしようとしたら、彼女は僕を見て制するように言った。
「大丈夫よ。私、言葉解るから」
それは明らかにルクゥ国の言葉だった。僕は、仰天して彼女を見返す。
彼女は僕に構わずに、陽空と向き合った。
「初めまして、将軍さん。私は、アイシャ。ハーティム国で、太裳府・太楽令の任に就き、小関(しょうせき)の位に就いています」
(やっぱり、ハーティムの人間だったか)
それにしても、太裳府の太楽令といえば、王宮の音楽を一手に率いている部署だ。太裳府には、そうとう優秀か、相当なコネのあるやつじゃなければ就けない。それでいて、小関の位にまであるんだから、この人はかなりのやり手らしい。
僕はまじまじとアイシャさんを見やる。
小関は軍の階級で、上から四番目だ。最高位が烈将(れっしょう)。次に将軍、三関(さんかん)と続き、次が小関だった。ちなみに烈将軍は、十万以上の大規模な戦争の時にだけ、将軍から選ばれるので、常に烈将の位に就いている者はいなかった。過去に一人だけいるにはいたけど、今となってはもう歴史上の人物だ。
「へえ、アイシャちゃんって戦も出来るの? 千人を指揮するなんてすごいじゃん。その若さでさ」
陽空がここぞとばかりに彼女を褒め称えたけど、アイシャさんはにこりと愛想良く笑ってこれをいなした。
「いえ。若くはありませんよ。二十三ですから」
「十分若いって~。ちなみに俺二十五ね。ちょうど良い年齢差だよね」
「二十五歳で将軍職に就かれる方がすごいじゃないですか」
「そうかなぁ?」
〝ちょうど良い年齢差〟をスルーされた陽空だったけど、気づかないのか気にしないのか、デレデレと鼻の下を伸ばして笑った。
僕は嘆息して、隣にいるお爺さんを一瞥する。