レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「では、休憩ついでに魔王の生成とやらを、見学させて頂くわけにはございませんか? 実は、この後運んでくる予定のハーティム国の将軍ともそんな話を致しまして」
「そんな話とは?」
硬い声音で殿下が訊いた。
「大した話ではございません。出来れば見学したいですね――という、世間話のようなものでございます」
「そうですか。それは残念にございますな」
「青説?」
王は殿下を怪訝な目で見る。でも、殿下は腕を組んだ袖口から、すっと手のひらを出して王を制止した。多分、ミシアン将軍からは見えない。
「魔王の作成は数日後を予定しております。まだこちらの準備が整っておりませぬゆえ。申し訳ない」
「そうですか」
ミシアン将軍は残念そうに言って、
「では、しばし休憩をいただいた後、帰国させていただきます」
「そのように」
殿下は食い気味に言い、甲高く手を叩いた。
「お部屋に御案内して差し上げろ。その者どもは座敷牢へ」
一斉に人が動き出す中、僕は殿下と王を見据えていた。二人は歩きながら小さく言い合いを始めている。僕は静かに近寄って耳を欹てた。
彼らから五メートルほど離れたところで、声を捕らえた。
「青説。何故あのような嘘をついた。魔王の制作は夕刻に行うはずだろう?」
「ああ言わなければ、居座られます」
「見られても支障はないだろう」
殿下はかぶりを降る。
「いいえ。どのことが命取りになるやも知れません」
「何をそんなに警戒する必要があるんだ。各国は協力者であろう」
そう言った王は複雑そうな表情を浮かべた。協力者なのかも知れないけど、自分にとっては不本意だった――大方、そんなところだろう。
「そもそも何故休憩など許可なされた」
殿下は王の問いに答えずに、咎めるように言った。
「魔王の生贄となる者達を運んできたのだ。生贄となる者達と惜しむことがあるかも知れないではないか」
殿下は呆れたように目を瞑った。
「ご自分がそうであるからと言って、他人がそうであるとは限らないでしょう。彼らは兵士ですよ。ルクゥ国からの英霊となる生贄は犯罪者のみで構成されたと聞きました。犯罪者と兵士が何を惜しみます?」
「それでも、自国の命を差し出すのだ。それ相応の敬意を払わねばとお前は思わないのか」
咎めるような王の声に、殿下は呆れ果てたように小さく息を零す。そして、深く頭を下げた。
「出すぎたまねを致しました」
殿下はそれで話を終わらせた。王は何か言いたげに殿下を見据えたけど、しばらくしてから殿下を置いて歩き出した。
殿下は王が歩き出したのを確認すると、頭を上げた。王の背を凝視しながら、殿下はぽつりと呟いた。僕は周囲がざわめく中、かろうじてその低声を聞き取った。