レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「兄上!」
ヒステリックな声音で、王は肩を震わせて目を覚まされた。
(可哀想に)
そう思いながら、僕は声の主を見た。青説殿下は研究室に足を踏み入れるやいなや、言い放った。
「今日こそは御了承下さい」
今度は感情を押さえて、静かな口調だったけど、苛立ちは見て取れた。王だけでなく、最近は殿下もイラついてらっしゃる。
「了承は出来ぬ」
王は寝ぼけ眼を擦って、疲れ果てたように言った。
「何故了承して下さらないのですか? 転移のコインを回収して下さい」
「だから、何度も言っているだろう。そんなことをしては、各国に不信を招きかねないではないか」
「もっとも危惧すべきことは、この国に攻め入られることではないですか」
「青説、そんなことはありえない。危機的状況にある中で、人類皆が手を取り合わねばならないんだ。そんなことは、誰もが分かっていることだろう」
「兄上は人間というものを御存知ではない!」
「青説。お前こそ、人間というものを理解してはいない」
青説殿下は珍しく熱くなった。それに対し、紅説王は冷静そのものだ。
王を悩ます一つに、各国からの非難の声が出始めていることがあった。
一ヶ月前のことだ。魔竜は、ついに人間に牙を向き始めたんだ。
ハーティム国の小さな村が魔竜に襲われて、そこに住んでいた村人は全滅した。それから魔竜の活動は報告されてない。だけど、神話は完全に崩されてしまった。
人間は神に守れているから大丈夫だという思い込みは崩壊し、今、全世界が次は自分達ではないのかと脅えている。
絶滅に追い込むまで魔竜の数を減らしたのは間違いだったのだと各国で抗議の声が上がり、市民に押されるように各国は条国に責任を押し付けつつあった。
だから、殿下は転移のコインを各国から回収したいのだ。
この現状が長引けば、怒りと恐怖に身を任せた民衆の気を逸らすために、本当に条国に責任を全てかぶせ、兵を挙げる可能性があるのではないかと懸念しているのだ。その際に、転移のコインがあってはコトだ。あっという間にこの城に侵入されてしまう。
でも、王はそうしたくはない。
紅説王はそんなことにはならないと信じているようだった。疑心暗鬼になるよりも、人の心を信じたいのだろう。