レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
ハーティムからは、文官と武官、両方をこなす優秀な官吏が来るとは聞いていたけれど、驟雪国だけは情報がなかった。どうやら、ぎりぎりになって決まったようだけど。
僕は感慨深くお爺さんを見る。
驟雪といえば、僕の国、ルクゥ国の隣国で、ルクゥ国の歴史の中でも一番争ってきた国だ。驟雪国には今、ルクゥ国のように英雄視される軍人は輩出されていないはずだ。
見た感じ、お年寄りであるようだし、護衛や討伐目的の要人ではないのかも知れない。参謀としての参加だろうか。もしくはそれ相応の能力の保持者だろうか。
僕のじろじろとした視線に気がついたのか、お爺さんは僕に視線を向けた。そして、穏やかな笑みを浮かべて僕に握手を求めてきた。
「ワシは、驟雪国から代表を頼まれて来た。燗海(カンカイ)じゃ。よろしくな、若いの」
「僕は、レテラ・ロ・ルシュアールと申します。どうぞよろしく。貴方もルクゥ国の言葉を喋れるんですね」
僕はお爺さん、もとい燗海さんの手を握った。燗海さんの手は、お爺さんとは思えないくらいに大きくて、ごつごつしていてたくましい。握り返された握力もとてもしっかりとしていて、強かった。
「ワシは旅が長くてな。出身は驟雪なのだが、長く放浪しとってな。言葉はその時に覚えたよ」
「すごいですね。僕なんて、国外に出たのは今回が初めてです」
感嘆した僕に燗海さんは謙遜して、逆に僕を褒めてくれた。
「いやいや。一度も国を出たことがないのに、他の国の言葉を喋れる方がすごいじゃないか。たくさん勉強したんじゃろうな」
「いえ。僕は、知ることが好きなだけで……。殆ど趣味なようなものですから」
僕は照れて頭を掻いた。するとその時、官吏らしき男が咳払いをして注視を促した。ぎろりと鋭く僕らを睨み付ける。神経質そうで、生真面目そう……。ちょっと苦手かも。
「国王がご到着なされた! 平伏されたし!」
僕達は急いで畳に座り、燗海さんに習って平伏した。こんなかっこうも初めてだ。後で記しておこう。何となく情けない気がするって。
衣擦れの音がして、誰かが座ったのが天蓋越しに伝わる。音の感じからして、椅子が置いてあるわけではなさそうだ。
「名乗れ!」