レテラ・ロ・ルシュアールの書簡

「燗海さん……いつから?」
「すまないな。キミが、この部屋に入る前からじゃ」
「そう、ですか……」

 呟いた声は口ごもったせいで、くぐもった。
 本来なら誰かを殺そうとした現場を見られれば、混乱したり、動揺したりするものだと思う。でも、何の感情も湧いてこなかった。

「報告しますか?」

 そうすれば、僕はルクゥ国に帰されるだろう。それでも良い。むしろ、その方が楽になれる。この地を離れれば、晃を忘れて生きていけるかも知れない。

 不甲斐ない自分から、逃げて暮らせる。
 燗海さんは、静かにかぶりを振った。

「いや、報告はせん」
「……何故?」
「報告して欲しいのか?」
「……」

 燗海さんは子供に要望を訊くように、優しく尋ねた。僕は、はいと答えられなかった。何を迷うことがあるんだろう。自分自身に苛立ったとき、燗海さんが柔らかな口調で言った。

「レテラ。王が憎いか?」
「……え?」

 僕の心に小波が立つ。視界が揺れて、動揺が目に走った事を悟った。

「正直に話してごらん。レテラ、紅説王やマルが憎いか? そこな少女のように」
「……」

 何故そんなことを訊くんだ? 怪訝であると同時に、怖い。恐怖が僕の胸を渦巻いた。燗海さんに見抜かれていることも怖かったし、自分自身の気持ちを語ることも恐ろしかった。

だけど、一方で話したい――そんな欲求に駆られる。
 僕の心臓はバクバクと脈打った。

「レテラ?」

 燗海さんに優しく促されて、僕はぎこちなく頷いた。

「憎いです……憎いですよ。そりゃ」

 口に出した途端、高鳴っていた鼓動が、すっと治まるのを感じた。
 燗海さんはゆっくりと歩み寄ってきた。僕の隣にあぐらを掻いて座る。

「少し、昔話をしても良いかね?」
「え?」

 燗海さんは遠い目で障子の向こうを見て、僕を振り返って細い目を更に細めて笑った。優しくて、温かな笑みだった。

「ワシはな。昔、苗字があった」
「それって……」

 口を挟む気はなかったのに、思わず声に出てしまった。心の奥底から、ふと好奇心が顔を出す。
 燗海さんは深く頷いた。
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