レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「そう。キミがしきりに尋ねてきた。目黒、それじゃよ」
「え!?」
驚きすぎて二の句が告げなかった。
やっぱりそうだったんだ……。僅かな興奮が胸に宿る。だけど、否定してたのにどうしてだ?
「目黒燗海。そんな名だった時代もあった。ワシが今から話をするのは、その時代の話じゃ。年寄りの昔話、聞いてくれるかね?」
「……はい」
僕は自然と頷いていた。
「ワシは貧しくもなく、豊かでもない、至って普通の農村に生まれてな。金銭的な不自由はなく暮らしておった。ただ、この能力故に幼少期には色々とやり過ぎてしまってな。幼少の頃は、能力を制御できん者も多いじゃろう。ワシもそうじゃった」
燗海さんは僕を覗き込んで、懐かしむように笑った。
「ワシの能力は単純明快でな。身体能力が強化される。ただそれだけじゃ。力を込めて殴れば、岩石も易々と跡形もなく砕け散る。それ故に骨も筋肉も常人より遥かに強靭に生まれた。だからな。普通にしてるつもりでも、通常の人間には力が強すぎて傷つけてしまうことが多々あった。それ故に、ワシは村人にも家族にも恐れられて暮らしておった。金銭的に問題はなくとも、不自由さは常に感じておったよ」
燗海さんの瞳に、哀しさが過ぎった。
「じゃから、十五の時に戦場へ出た。すると、すぐに出世してな。驟雪国の将軍へあっという間に上りつめ、烈将軍を永久授与された。その頃じゃな、結婚話が出てな。ワシは、したくもない結婚をしたんじゃ」
「ということは、上官か何かの?」
「いや。相手は平民出の、男勝りな女子じゃった。勝気で勇猛果敢。将軍の座に就こうという勢いのある猛者で、中々に強くてな。能力者ではなかったものの、並大抵の男では太刀打ち出来んかったわ」
「へえ……」
僕は関心して頷く。
「彼女はワシの部下じゃったんじゃが、猛烈なアプローチをされてな。男女の関係になって、子供が出来た」
(ああ、それで)
僕は苦笑を浮かべる。
「でもな、ワシは家庭というものを持ちたくなくてな」
燗海さんは顔を曇らせた。その瞳は暗く、悲痛な影を見た気がする。
「家族に恐れられて暮らしてきたワシにとって、家庭というものは煩わしくもあり、恐ろしいものじゃった。もし、子供を誤って殺してしまったら……そんな恐れもあったんじゃ。あの頃はまったくもって気づかんかったがな」
いったん区切って、燗海さんは続けた。
「ワシは、それに気づかないまま、嫁と子供が煩わしい。そんな想いしか認識しておらんかった。戦に出ても、この能力故に接近戦では無敵じゃったからつまらなくてなぁ。能力者がおれば楽しくてしかたなかったが、能力者に出会わん戦場は退屈でしかたがなかった。ただ、消者石(しょうしゃせき)があれば話は別だったが」
消者石といえば世にも珍しい透明な岩石で、それを砕いて能力者に吹き付けると能力者は一時的に能力を失う。
何故そうなってしまうのかは、学者が調べているがいまだに不明だった。
「ヒナタもおそらく、そうなんじゃろう」
ヒナタ嬢? 僕は、燗海さんの話に口を挟まないように、頭をフル回転させた。記憶を辿る。