レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「軍人時代の仲間や部下に聞いた話によれば、嫁は病に倒れ、殆ど動けなかったようじゃ。そこに襲撃があって、娘もろとも命を奪われたのじゃろうと……」
「……誰が襲撃犯か分かったんですか?」
「ああ。わりと、すぐにな。ワシは国境近くの町に住んでおったんじゃ。王都は性に合わなかったからな。国境近くにおれば、戦場にも赴きやすい」
僕は自分の顔が青ざめたのが分かった。
「もしかして、ルクゥの?」
燗海さんはこくんと頷く。
「どの部隊の者かもすぐに判明したよ。ワシは単身乗り込んで、その部隊を壊滅させた」
ぞっとした悪寒が背を這った。
それは、凄まじい話を聞いたからでも、祖国に対しての感情からでもない。燗海さんの形相が、普段の穏やかさとはかけ離れていたからだ。
怒気が体中から溢れ、鋭く見開かれた瞳は雄弁に憎しみを唄っていた。鬼の形相、とは多分このことを言うんだ。
一気に口の中がからからに乾いた。だけど、鋭く尖った眼光が不意に和らいで、今度は言いようのない瞳に代わった。一つだけ例えをあげるのなら、ひどく物事を後悔している目だ。
「ワシは復讐を遂げたが、気は晴れなかった。肉片と血にまみれた部屋の中で、ワシは不意に気がついたんじゃ。ワシが一番憎悪し、許せない存在が誰なのか」
燗海さんは僕を振り返り、静かな表情で見据えた。
「自分じゃよ」
僕の胸に、ずしんとした槍が突き刺さる。僕――?
「そしてワシはまた旅に出た。どこにも定住しないと誓ってな。ワシが帰るべき場所はもうない。戦地に赴き、ルクゥ国を滅ぼそうとも思わなんだ。ルクゥ国の連中からしたら、ワシも憎むべき人間じゃ。ワシもルクゥ国の人間を殺してきた。兵士でない者も殺したことはあった。そのワシが、同じ目に遭ったからといってルクゥ国人全員を葬り去るのは、間違っておる。そうじゃろう?」
僕はなんと言ったら良いのか分からなかった。頷く事も出来ないまま、燗海さんを見続けた。