レテラ・ロ・ルシュアールの書簡

 * * *

 黄昏が闇に変わる頃、松明に火が灯された。
 城の庭を取り囲む松明は、晃を中心に、三角形になるように建てられた三つのやぐらを映し出した。

 条国の神官が晃に近寄り、月の光を一晩映し出していた水瓶で指を濡らし、晃の額につけた。丸い円を描き、両手を上へやって祝詞を唱え始めた。

「神の御側へ迎えられし、この娘、晃は現世での役目を終え申した。かの娘は、現世で人のため、世のために邁進致し英雄で候。故に、大神・天兎(まのう)神に仕えましょう。晃の命は今生を離れ、神々のおわす天地にて安らかに暮らしましょう」

 神官は空中で円を描くと、水瓶の水をすくい、天に向って撒いた。晃に雨のような雫が降り注ぐ。
 神官は深くお辞儀をすると、踵を返した。

「葬儀はこれで終わり?」
 僕は横にいたマルに尋ねた。マルは話しかけられたことに驚いて、戸惑っていた。
「う、うん」と、短く返事を返すと、前に向き直った。

「今のは、この世界で役目を終えた者が天に住まう神様のところで暮らすから、神様よろしくってことなんだけど……。神官が天兎神って言ってたろ? 天兎神は最高神で、この国の者にとっては、死んだ後に天兎神に仕えるのは誉れなんだよ。神官が数いるうちの神様にこの人はこういう人だから、この神様に仕えさせてくださいってお願いするんだ」
「罪人も神に仕えるの?」

 僕は横たわる晃を見つめながら尋ねた。マルが僕を振り返ったのを視野が捕らえる。

「うん。罪人は、かなり厳しくて仕えるのがヤダなって思うような神に仕えるって言われてるよ。例えば、逢魔が時の亜魔ノ神(あまのしん)なんかは、悪魔かってレベルのこきの使いようで、穢れの神、呉色懺(ごしきざん)の住まう場所はまるで地獄みたいだって」

 マルの声は、緊張が解けたのか硬さがなくなっていた。僕に普通に話しかけられて、ほっとしたのかも知れない。でも、途端に声音が沈んだ。

「僕も、きっと呉色懺に仕えるよ」
僕が振り返ると、マルはにっと笑った。
「覚悟はしてるけどね」
「大丈夫だよ」
 僕は笑み返した。
「そのときはきっと、僕も一緒だ」

 眼鏡で小さくなった目を丸くし、マルは複雑そうに笑って、首を振った。

「いや。レテラはきっと亜魔ノ神くらいだよ」
「……ハハッ!」

 僕は軽く噴出し、笑った。声を出して笑えるなんて、一生ないだろうと思っていたのに。ふと見渡すと、陽空、その隣にいるアイシャさん、燗海さん、少し離れた場所にいる王が心配そうな瞳で僕を見ていた。

 王の隣に居る殿下までもが、いつもよりほんの少しだけ優しい目つきで僕を見ている。
 ムガイは反対側にいて、感慨深い表情で横たわる晃を見つめていた。

 突然、視界の隅にすっと影が見えて横に顔を振ると、いつの間にかヒナタ嬢がいた。
 絶対出席しないと思ってたのに……。

 彼女は僕の視線に気づくと迷惑そうな表情をして、突然手を組み、跪いた。
 低い声でぶつぶつと呟きだす。

 それは、ルクゥ国の祝詞だった。ジャルダ神におくるものではない。亡くなった者に捧げる鎮魂歌だった。びっくりしてまじまじとヒナタ嬢を見つめてしまった。
 ヒナタ嬢はすばやく祝詞を終わらせると、すくっと立ち上がって踵を返した。

「ヒナタさん」
 声をかけると、ヒナタ嬢は振り返って、
「巫女だからな」
 ぶっきら棒にそう告げて、そのままスタスタと歩き去った。

 僕はふつふつと笑いが込み上げてきて、また声に出して笑った。
 マルがびっくりした目で見上げてくる。その瞳には不安が見て取れた。僕が哀しみでおかしくなったのかと心配してるんだ。僕は、マルに手を振った。

「いや。違うんだ。僕は、すごく恵まれてる人間なんだなと思って」
 僕は大きく息を吐き出すと、晃に向き直った。

「晃。僕はもう大丈夫だよ。晃が残してくれたもの全部、大切にする」

 だけど、何故だろう。ぽろりと涙が一滴、頬を伝った。



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