レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
* * *
転移のコインでオウスへ行くと、目の前に火恋が腕を組みながら立っていた。火恋以外に人はいない。
「侍女はどうしたんだ?」
軽い気持ちで尋ねると、火恋は肩を竦めた。
「人払いしたの」
「なんで?」
「もう、ここに来なくても大丈夫って言うためよ」
「え?」
「お兄ちゃんは、私が落ち込んでるかもって心配して、ちょくちょく顔を出してくれてたんでしょ?」
「うん。まあ」
その通りだけど。
「でも、私はもう大丈夫。勉強にも集中したいし、あんまり来られても迷惑なの」
「……そ、そうか」
僕は静かに項垂れる。内心でショックを受けている自分に驚いていた。火恋に会いに行くことは、僕にとってわりと大事なことになっていたらしい。
「じゃあ、どれくらいなら来ても良いんだ?」
「……」
火恋は眉間にしわを寄せて、口をぎゅっと結んだ。
「もう来ないで」
「どれくらい?」
「だから、一生」
「い、一生?」
火恋の撥ね付けるような口調と態度に、僕は愕然とした。そんなに怒らせるようなことしたか? 僕は必死で記憶を辿ってみたけど、この三ヶ月、該当するようなことはない。
「元々、おにいちゃんと私は他人だし。王族と他国の外交官でしょ? 外交官が王族と仲良くするなとは言わないけど、こんなに頻繁で、しかもこれ以上仲良くだなんて、内政干渉になりかねないもん」
(もしかして、火恋は僕の心配をしてくれてるのか?)
確かに火恋の言うように、ルクゥ国に国籍を置く僕が、あまり他国の王族と親しくしては良くない思いを抱く者もいるかも知れない。生真面目な青説殿下辺りがそろそろ痺れを切らすかも知れないしな。
「それに、私は次期国王だもん。一国の者とだけ仲良くなんて出来ないでしょ」
「そうだな」
寂しいけど、それが御互いのためか。
火恋が王になった時、僕と強い繋がりがあることで劣勢に立たされることもあるかも知れないもんな。
「それにしても、火恋は偉いな。もう自分が王になるときの事を考えてるなんて」
「当たり前でしょ」
極めて低声に呟いて、火恋は一瞬だけ眼光鋭く睨みつけた。僕の心臓は刹那的にぎくりと高鳴ったけど、すぐに落ち着いた。文字通り、本当に一瞬だけだったからだ。
火恋は次の瞬間には、にこりと笑んでいた。
(見間違いか?)
僕は、既に治まった胸を擦った。
「じゃあ、そういうことだから」
火恋はそう告げて、手を振った。
「ああ。そうだな」
僕はまだもう少しいたかったけど、火恋の笑顔に促されるように手を振り返した。名残惜しい気持ちで、転移のコインを転がす。
黒い闇が畳の上に浮かび上がった。
にこやかな笑みを浮かべる火恋を見ながら、闇に沈んで行く。
だけど僕はそのとき、何故か違和感を感じていた。ほんの少しの違和感。僕を睨み付けた、あの刹那的な一瞬。火恋は僕を見ていたけど、その視線は少し外れていて、僕を通してどこか遠くを見ているようだった。
そう、他の誰かを――。