レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
* * *
僕はオウスから帰ると、自室に向って歩いた。
ふと見上げた先に、聖女がいた。縁側に座ってぼうっと手に持っている何かを眺めている。
(なんだあれ?)
遠目には、なにか箱のような物に見える。
僕は近寄って声をかけた。
「聖女様」
びくっと肩を震わせて、聖女は持っていた物を落としてしまった。
慌てて拾い上げると、壊れてないか確認してほっとした表情を見せた。
「すいません」
僕が謝るとなんとなく分かったのか、聖女はいいえと言うようにかぶりを振った。
「それなんですか?」
僕は伝わるように箱を指差して、出来るだけ不思議そうな顔を作った。彼女は気がついたのか、箱を一瞥して僕に手渡した。
手に収まるくらいの少し厚みのある四角い箱は、表面が水色で、中心付近に黒い丸がついている。穴のようなそれは、ガラス球がはめ込まれているのか裏を見ようと傾けると陽光に光った。
裏面は白かった。長方形型に線が入っていて、爪で引っ掛ければ外れそうな仕組みだ。側面のちょうど真ん中には繋ぎ目がある。
軽く力を入れると開いた。
真っ黒い長方形の面が現れて僕の顔を映し出す。
鏡か? いや、鏡なら黒いはずがない。
(どうして黒いのに映るんだろう?)
僕は首を捻りながら、その下を見た。黒い面と繋ぐ金具がある。けれど、金属でも鉄でもなさそうだ。つるつるしていて、硬い。これはなんていう鉱物から出来ているんだろう?
蝶番で支えられている黒い面と対になる方は、突起物が十五個ついていて、その全てに模様が描かれていた。
その少し上に二重丸の線があった。
僕は何気なく一番左端の突起を押した。
「~~~~!」
聖女の慌てた声音が聞こえて、彼女を振り返ると、彼女は眉間にしわを寄せて顔を強張らせていた。
「どうしたんだ?」
独りごちた瞬間、箱が光を放った。ほんわかとした光だったけど、僕は驚いて手を滑らせてしまった。箱が床に落ちる前に素早く掴む。
「ふう……」
僕は流れ出た冷や汗を拭った。
危うく箱を落とすところだった。危ない、危ない。
聖女に一瞥くれると、彼女は目を見開いて驚いた表情のまま固まっていた。
「ごめん、ごめん」
僕が軽く頭を下げると、伝わったのかほっとした表情に戻って、聖女はにこりと笑んだ。だけど、返してくれる? と言わんばかりに手を差し出してくる。
僕は、「もうちょっとだけ」と大げさに頼むしぐさをした。そうすると、どうやら伝わったらしく、聖女はうんと頷いた。渋々って感じがにじみ出てたけど。
箱に目を移した瞬間、僕は驚いて箱を放った。
「うわああ!」
「~~~!」
聖女は悲鳴を上げて、箱を受け止めた。
ほっとして箱を見やる聖女に、僕は恐る恐る尋ねた。
「それ、なんなんだ?」
聖女は僕を振り仰ぐと、開いたままの箱を見せた。
「~~~」
なにか言ってるけど、まったく分からない。多分説明してくれてるんだと思うけど……。
僕はまじまじと箱を見た。そこにはまだ変わることなく、さっき僕が見たものが映っていた。
それは、聖女と少女数人が楽しそうに笑っている絵だった。それが普通の絵ならば何も問題はない。僕だって、驚いたりしない。
だけど、その絵は、とても精巧に出来ていた。
まるで、その人物を生き映したように。背景も、人物も、陰影すらも、何もかもが立体的で、そこに本当に人がいるみたいだ。
宮廷画家だってこんな絵は書けない。
(不気味だ……)
だけど、すごく興味をそそられる。
聖女は僕が複雑な顔をしていたのか、僕の表情を嫌悪ととったのか、箱を折り曲げるようにして閉めてしまった。
「ああ……」
残念な気持ちがぽろっと口をついたけど、聖女はそのまま箱を後ろ手に隠してしまった。
そして僕を見据えると、唇に人差し指を押し当ててにこりと笑った。
(秘密にしてくれってことか?)
確信のないまま頷くと、聖女は安心したように頬を緩ませた。
(そうか。やっぱり秘密にしてくれってことか)
僕は、踵を返した聖女を見ながら確信した。
あんな物がこの世に存在するわけがない。
この世界中をくまなく探せば、相手の顔を写し取り、他に貼り付ける能力者はいるかも知れないけど、あれはきっとそういう類の物じゃない。
紅説王が言うように、彼女は異世界からやってきたんだ。