レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「あれは、絵じゃなくて写真っていうんです」
「写真?」
「そうです。カメラ機能ってやつで撮るんですけど……なんて説明したら良いんだろう? まあ、でも絵でも同じか……」
ぶつぶつと独り言を言って、
「あのケータイで、写真っていう、精巧な絵が描けるんですよ」と困ったように笑った。
「誰にでも出来るの?」
「そうですね。あのケータイがあれば、一瞬で、誰でも描けます」
「へえ。ねえ、じゃあ僕もやっても良い?」
「あっ……」
身を乗り出すと、あかるは残念そうに顔を顰めた。
「ごめんなさい。充電が切れちゃって……。充電するには電気がいるんです。電気が切れると、もう動かないんですよ」
「電気があれば良いの? 電気を操る能力者とかいるけど。良ければ紹介しようか?」
マルあたりに頼めば紹介してくれるだろ。
「本当ですか!?」
あかるは一瞬喜んだけど、すぐにしょぼんと肩を落とした。
「でもやっぱり無理です。充電器がないので、充電するのは無理だと思います。どれくらいの電気の強さなのかも分からないし……ありがたいですけど……」
「そっか。まあ、それじゃあしょうがないよね」
充電器とやらが何なのかは知らないけど、とりあえず頷いておこう。
「でも、よっぽど大切な物なんだな」
ぽつりと呟いたら、あかるがきょとんとした表情で僕を見上げた。
「だって、すごいがっかりしてたから」
あかるは普段、考えてることが表情や行動に出るタイプじゃない。それが素直に出たってことは、よっぽど残念だったってことだろう。
「それは、そうですよ」
あかるは眉を八の字に下げた。
「ケータイには施設の皆と撮った写真がいっぱいありましたから……。十八歳になると、施設を出ないといけないんです。あたしは十六歳で施設を出て、一年間一人暮らししてたんです。昼は寮のある工場で働きながら、夜は定時制高校に通ってたんですけど、一人になったことなんてなかったから、寂しくて帰りたくなることもあって。そういうときは、あの写真を見て元気貰ってたんですよね」
あかるはぱっと顔を上げて、取り繕ったように笑った。
(そうか……。あかるはもう二度と帰れないかも知れないし、あの写真ももう見れないのかも知れないのか)
弱さを見せない彼女の不安を、僕はそのときに見た気がした。
そりゃ、そうなんだよな。突然言葉の通じない世界につれてこられて、泣きたくならないわけがない。
この一年半、あかるはずっと一人で不安と戦っていたのかも知れない。
僕は、ぽんっとあかるの頭に手を置いた。元気付けたくて、自然と頬が綻ぶ。
「ここにいる連中は赤の他人だけど、僕にはもう家族みたいに大切なんだ。きっとあかるの兄弟と一緒だ」
僕は、「うん」と声に出して頷いて見せた。
「だから、あかるももう僕の妹みたいなもんだよ。大切な仲間だ」
あかるは目を丸くして、一瞬だけ、眉を寄せた。瞳が薄っすらと潤む。瞼を瞬かせて瞳を乾かしてから、にこっと笑った。
「ありがとうございます」
「うん。――で、高校とか工場とか充電器ってなに?」
嬉々として、内ポケットからメモ帳を取り出した僕に、あかるは呆れた。あるいは残念そうな顔を向けた。
「……レテラさんって、そればっかりですね」