レテラ・ロ・ルシュアールの書簡

 * * *

 大広間へあかるを案内すると、王は僕を労う言葉をかけてから、下がるように言った。大広間の中には、一瞥したところ王とあかる以外はいないようだ。

 僕は早々に大広間を出ると、物陰に隠れた。
 大広間の障子は開け放たれているので、戸袋がある壁に寄ってそっと聞き耳を立てる。
 内ポケットからメモ帳とペンを取り出した。

「あかる。これから言うことを、どうか落ち着いて聞いて欲しい」
「……はい」
 紅説王の真摯な声音を受けて、あかるの声は緊張したようだった。

「君は、この世界へ呼ばれてやって来たんだ」
「え?」
「呼んだのは、我々だ」
「……」

 僅かに沈黙が流れて、紅説王が小さく息をつく音が聞こえた。王も、緊張してるみたいだ。

「この世界には、魔竜と呼ばれる生き物がいる。正式名称はアジダハーカ。このドラゴンは、様々な命を奪っていた。我々はそれを止めようとし、最後の一匹まで数を減らしたのだ。しかし、その一匹は今までの方法では倒せず、逆にあやつを強化してしまう結果になってしまった。人間だけでなく、全ての生き物は今、やつに滅ぼされようとしている。それを止めるために、あかる。君は異世界より呼ばれたのだ」
「……」

 あかるは言葉を失っていた。顔は見えない。だけど、空気から察するに、絶望と混乱があかるの中には渦巻いているに違いない。
 あかるが言葉を発するのを待つことはなく、王は続けた。

「あかるの中には今、魔王と呼ばれるものが存在している」
「……魔王?」
 やっと聞こえたあかるの声は掠れていて、混乱が滲んでいる。

「ああ。魔王とは、五千の魂で出来ている」
「……ひ、人のですか?」
 あかるの上ずった声が聞こえた。少し間を置いて、紅説王の冷静な声が告げる。

「ああ。含まれている。四千二百人だ。その魂には様々な能力が宿っている。それを駆使して魔竜を倒して欲しい」
(あ~あ)

 僕は思わず眉間を押さえた。
 あの殿下と兄弟なだけあって、王はちょっと律儀すぎるところがある。数なんてぼやかしちゃえば良いのに。
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