レテラ・ロ・ルシュアールの書簡

 絶句する僕の腕を引っ張って、陽空は僕を歩かせた。
 それから、その部屋に連れて行かれるまで、僕はどこの廊下をどう通ったのか覚えていない。連れて行かれたその部屋ですら、しばらくどこの部屋なのか判らなかった。

 あかるは、六畳ほどの小さな部屋で寝かされていた。
 あかるの長い黒髪が、静かに畳に広がり、清廉な瞳は、眠るように閉じられている。その全てが死などという穢れとは無縁のようだった。ただ、一箇所を除いて。

 薄青い着物、白と青がちょうど交じり合った、美しい空のような、その部分が、紅(くれない)色に染まっている。

 あかるの胸の中心。
 そこに、大きな血色の滲み。

 僕は、何気なく視線を奥座敷へと投げた。
 その部屋には見覚えがあった。障子が開け放たれた奥の部屋は、数多にある城の部屋と代わり映えはないのに、僕はそこがどこなのか分かった。

 あかるがこの世界へやって来たときに寝かされていた部屋だった。
 あかるは、その手前のこじんまりとした部屋に寝かされてたんだ。

 僕はもう一度、あかるに視線を戻した。
 そこにはかつてのように眠る、少女の姿がある。
 あの日、僕が殺したかった少女の亡骸がそこにあった。

 耳鳴りがする。頬を何かが伝っていく。瞬きをしたその熱さで、涙なんだとぼんやりと悟った。

 あかるにすがりつくように泣き叫ぶ紅説王。
 これからどうしよう、と歯がゆさを見せるマル。
 私のせい――? と、小さく叫んだ火恋。
 部屋のいたるところからすすり泣く、多くの声。

 その全てが、今の僕にはどうでも良い。
 呆然としたまま、僕はそこに立ち尽くした。
 僕はもう一度、晃を喪ってしまった。
< 177 / 217 >

この作品をシェア

pagetop