レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
すると、甲高い咆哮が上がった。耳鳴りのように、おそろしく高く、細い音だった。僕は思わず耳を塞ぐ。草原を見ると、吸魂竜の猿轡が取り外されていた。
草原の中にいた動物達が一斉に苦しみだした。悲鳴を上げ、檻を揺すったかと思うと、一斉に崩れるように倒れ込む。もちろん、草原の中心にいた数百人の人間も、悲鳴を上げながら突っ伏した。
僕は、びっくりして息を呑んだ。それでも、書く手は緩めない。すると一瞬、草原に白い靄がかかったように見えた。
靄は風になびくように揺れ、ふと消えたかと思うと、倒れた人や、動物から、白い塊が出て来た。それは、直径一センチくらいの丸い玉で、白く輝き、ふわふわと頼りなく空中を漂う。
おそらくあれは、魂と呼ばれるものだろう。
僕は、ちらりと吸魂竜を見る。
吸魂竜は、魔竜・アジダハーカと同じく、魂を肉体から引き剥がし、それを糧とする特殊な能力がある生物だった。
僕がほんの少しだけ吸魂竜に目を向けている間に、草原は無数の白い玉に覆われた。そのとき、魂の一つが草原の外に向ってふらふらと近寄って行こうとし、紅い光に弾かれた。
(そうか。あの光は魂を逃がさないようにする役割があるんだ)
僕は一人で納得して、速筆した。
白く輝く魂たちが、何かに引き寄せられるように宙へと集まっていく。
「あれって……!」
僕は驚いて、一人の人物に釘付けになった。その人物は、誰もが地面へ沈み込んでいる草原を颯爽と歩いてきた。――陽空だ。
(あいつ、何やってんだ?)
僕は訝しがりながら、陽空を見つめる。すると、あいつは両手を翳した。その瞬間、魂は、更に勢いを増して一つに固まっていった。
ものの数分で、魂たちは、一つの巨大な球体へと姿を変え、太陽のように燦然と輝いた。
「すごい。もしかしてこれ、あいつがやったのか?」
思わず零れた感嘆に、答える声はなかった。皆、愕然としていたんだ。でも、次の瞬間もっと驚くことが起こった。
太陽のように眩い光を大地に注いでいた魂の塊は、突然、圧縮されたように小さくなって、地面へ落ちた。
それを陽空が拾うと、紅い光は静かに止んだ。
ここからじゃ大よそになるけど、球体の大きさは、陽空と比較すると、大体、直径十センチといったところだ。それでも、光りは変わらずに眩い。
そこに紅説王がやってきて、小さくなった塊に、紫色の紙を入れたように見えた。
(もしかして、相手を操るっていう呪符か?)
「行くぞい」
不意に声をかけられて僕は振り返った。
燗海さんが馬車に乗り込もうとしている。
「どうやら、終わったようじゃからな」
燗海さんはそう言うと馬車に乗り込んだ。その後を追うように、僕の隣にいたヒナタ嬢とアイシャさんも、馬車に向って歩き出した。
僕は、丘の下を振り返った。そこには、屍となり、力なく突っ伏した無数の動物達に囲まれて、ただ二人だけが立っていた。
その光景は、胸騒ぎと好奇心を駆り立てるには、十分すぎるほど異様なものだった。