レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
冷静で平坦な声がして、僕は咄嗟にその声の主を探した。
部屋の左奥に殿下の後ろ姿があった。袖の袂に手を入れるようにして腕を組んでいる。その殿下の前には紅説王がいた。彼は後ろを向いて座り込んでいる。
目玉が攣りそうだ。
僕はいったん目を閉じて顔を振った。ぎゅっと目に力を入れて、ぱっと放す。寄った目が戻って、僕は再び中を覗く。
王は答えることなく、黙々と何かをやっていた。おそらく、あかるを蘇らせるための実験道具の手入れか何かだろう。
「……」
「兄上」
青説殿下は追及するような声音を出した。だが、王は振向きもしない。
「……分かりました。では、花押をお貸しください。私が兄上の代わりに指示を出します故」
「……」
無視し続ける王に殿下は深くため息をついた。憤りが滲み出ている。
「兄上」
もう一度、殿下は強い口調で呼んだ。それでもやっぱり返事はない。僕は、やっぱりなと、どことなく得心してしまう。
王はここのところ、誰の話にも耳を貸さない。それはマルであっても、僕らであっても変わらなかったし、何の話であってもそうだった。自室に篭り、研究に勤しんでいるばかりだ。
「紅説!」
殿下はついには激しい語調で兄の名を読んだが、王は見向きもしなかった。ただ黙々と目の前の作業に没頭している。
殿下は愁いを帯びた息を吐き、額に手を当て、顔を胸に埋めるように項垂れた。
「……私には、貴方が理解出来ない」
「だろうな」
返答があったことに驚いたのか、殿下はぱっと顔を上げた。僕もびっくりして凝視する。
「私を理解してくれたのは、あかるだけだ」
ぽつりと呟いて、王は立ち上がった。くるりと踵を返す。振り返った表情に、僕はドキッとした。
紅説王の表情は、冷静そのものだった。
僕はずっと、空ろな目であったり、絶望にまみれた表情を浮かべている王を想像していたんだ。もっと言えば、狂ったようすの王を。だけど、振り返った王は真逆そのものだった。
「青説、お前の意見には賛同出来ない」
「何故?」
殿下の質問に、王は答えなかった。
しばらく沈黙が流れ、僕の耳が僅かな歯軋りの音を捉えた。