レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
* * *
「何だったんだよ?」
僕は乱れた息を整えながら火恋に尋ねた。
火恋も同じように息を整えながら、僕を見上げる。
「さあ?」
「はあ? 何だよそれ」
「だって私、思いつめた表情で紅説様の部屋へ向う青説様を御見かけしただけですもの」
「で、なんで僕を?」
肩を竦める火恋に僕は呆れながら訊くと、火恋は、「だって」と僕を見据えた。
「なるべく多くを知っておきたいんじゃないかと思いまして」
僕は意表を突かれて、思わず火恋を凝視した。
火恋には、僕の決意は伝えてない。どうして、分かったんだろう? 元々勘の鋭い子ではあったけど、誰かに聞いたか? でも、僕は誰かにこれと言って伝えた覚えはない。検討がつくのは燗海さんだけど、彼が他人に言うとは思えない。
「どうして?」
僕は素直に訊くことにした。火恋は一瞬だけ目を瞑って、肩を竦めた。
「勘ですわ。というよりは、レテラおにいちゃんは、昔から顔に出やすい人でしたから」
「そんなこと言われたことないぞ」
「分かる人には分かるんですわ」
分かる人ねぇ――。僕は過去を思い起こして見る。記憶を辿っていくと、確かに陽空とかには気持ちがバレてたことが多かった気がする。
「私、今日でオウスに帰りますの。だから、お礼も兼ねてね」
「帰っちゃうのか?」
寂しさがふと胸に過ぎる。
火恋は歩き出しながら、返事を返した。
「ええ」
そして振り返って、柔らかく微笑んだ。吹っ切れたようなその笑顔に、僕は心底ほっとして、自然と頬が綻んだ。
僕の周りは、暖かいもので満たされていた。
王と殿下のケンカを見ながら、またいつものことかと呆れ、今度こそアイシャさんと陽空の結婚式を祝い、燗海さんに享受されながら、ヒナタ嬢に気を使う。
たまに火恋と逢って、晃を懐かしんで、愛しんで。
そんな切なくも幸せな日々は一生続くんだとどこかで思っていた。魔竜の脅威が去った今、僕がこの国を出なければならない日がきても、そんな仲間との繋がりはこの先もずっと、続いていく。
僕はこの時、本気でそう思っていた。
だけど、無情なる崩壊の日は、突然やってくる。何の予兆も感じずに、悲劇はいつも唐突にその身に降りかかるんだ。