レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
* * *
翌日、僕らは大広間に集まった。縁側という外に面した廊下を歩いて行くと、もう皆は集まっていた。
あれこれと城の中を調べまわっていたから、僕が一番最後になってしまったらしい。障子が開かれた途端、僕に視線が集中してちょっと気恥ずかしかった。
皆、服装が変わっていた。僕も初日の、赤い生地に豪華な刺繍が施されたジェストコールではなく、控えめに刺繍された無地に近い紺のジュストコールに、スカーフなしでジレだけ、という平服に近い格好にしたけど、それでも正装の範囲だ。だけど、彼らはそれとは違うようだった。
燗海さんは紋付羽織がなくなり、着物に袴と動き易そうだし、腰には刀が差してある。陽空は昨日と変わらない形の服装だけど、生地が明らかに違う。昨日は高級なシルクだったのに、今は多分、綿だろう。その上に、手甲と、胸甲板、脛当てを身に着けていた。
男性陣はそう変わらないけど、如実に違うのは女性陣だ。
アイシャさんはマントがなくなり、バックプレイトと、胸部までの胸甲板に変わり、その艶めいた浅黒い肌の腹部を露わにしていた。巻きスカートの隙間からは、膝当て(パウレイン)と脛当て(グリーヴ)が覗いている。鉄靴(サバトン)は先が尖がっていて、蔓のデザインが施されていた。
ヒナタ嬢は紅の胸部のみの胸甲板に身を包み、胸甲板の下からワンピースが広がっている。紅色のグリーヴとサバトンが、燃えるように鮮やかだ。そして、手首にはチャクラムがぶら下がっている。チャクラムはリング状の刃物で、普通、穴に指を入れて回して飛ばす。しかし、ヒナタ嬢の物は通常の物より大きかった。
燗海さんの服装以外、これらは皆、能力者用に軽量化された、戦闘用の武装だ。
「皆、集まったな」
爽やかな声音が上段の間から聞こえてきた。いつの間にか、紅説王が座している。その斜め前には青説殿下もいた。僕は、慌てて畳に座って、叩頭する。
紅説王も、着物の上に鎧をつけていた。紅説王は軽量化した鎧ではなく、能力者ではない兵士と同じようにがっちりと、上から下まで鎧を身に着けていた。でも、青説殿下は特に服装に変わりはなかった。
「これから、魔竜討伐に出かける。兵士達は既に、別の場所から魔竜の巣へ転移し始めている。諸君らには、私の護衛と魔竜の捕獲に協力してもらう」
(来た、来た! 魔竜をこの目で見られるぞ!)
「だが、非戦闘員であるレテラ、君はここに残ってくれ」
「――え?」
僕は思わず顔を上げた。青説殿下に睨まれる。だけど、僕は詰問を止められなかった。
「どうしてですか?」
「危険だからだ。彼らは戦闘員として諸外国から派遣されているが、君は違う。それに、君達は食客でもあるのだから」
「いやです!」
僕は食い下がる。こんなチャンス滅多にない。ここまで来たのに、自分の目で見ることが出来ないなんて、そんなの地獄だ。
「危険でも構いません! どうか、僕も連れて行ってください。邪魔は致しませんから!」
「うむ……」
必死な訴えに感じ入ったのか、紅説王は戸惑いながら頷きかけた。しかし、
「貴様の嘆願などどうでも良い! 邪魔になるかならないかの問題ではない!」
突然、怒声が割って入った。青説殿下だ。毅然とした声音で、彼は続けた。
「これは外交の問題に発展するのだぞ。戦闘要員として送られたヒナタ殿ならばともかく、非戦闘員の貴様が負傷した場合、ルクゥ国との間に亀裂が生じ、賠償責任の問題が出てくる可能性があるのだ。その可能性を、貴様の独りよがりな判断で軽んじて良いはずがない」
「……」
確かにその通りだ……。
こうなる事は予測できたはずなのに。僕のミスだ。僕はてっきり戦闘の記録係も出来ると思っていたけど、条国側がこれを許すはずは無いんだ。
だって僕は、王が言うように非戦闘員で、曲がりなりにも貴族で、青説殿下が言うように、僕の言動一つで外交の問題が発生するかもしれない立場にあるんだ。
バルト王が僕が戦闘について行くことを了承し、言い方は悪いが条国側に僕が例え死んだとしてもかまわないと掛け合っていたとしたら、状況は違っただろう。
祖国にいるときに、僕もついて行けるように王や外交官に進言しとけばよかったんだ。だけど、もしもすでに掛け合っていたとして、それでも条国側が受け入れなかった場合、僕はどっちにしてもついて行けなかったってことだけど。
(悔しいなぁ。せっかくのチャンスなのに……)
僕は悔しさを胸に、再び叩頭した。
「申し訳ありませんでした」