レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
* * *
僕らがこの国へやって来たときと同じ、紅説王の発明したコインを使って、皆はすぐに旅立って行った。どうやらコインの穴は、魔竜の巣へと繋がっているらしい。
陽空と燗海さんは、去り際に僕の肩を叩いて慰めてくれた。アイシャさんも、良い判断だったと思うわと声をかけてくれた。紅説王は、どことなくすまなそうな顔をして、僕を振り返ってくれたので、僕は頭を下げて見送った。だけどヒナタ嬢だけは、何も言ってくれないし、僕をちらりとも見なかった。同郷なのに。
青説殿下が、不機嫌に眉を顰めながら大広間から退室されても、僕は拗ねながら、穴の塞がった畳を見つめていた。
「あ~あ。コインの穴じゃなきゃ、馬車にでも忍び込んでついて行けるのになぁ」
転移じゃ、すぐにばれてしまいそうだ。何せ一瞬で移動できるんだから。移動先の情報が判らないから、もしかしたら、魔竜の巣のど真ん中に出てしまうかも知れないし。
これって案外危険かもなぁ。
僕は、コインを拾い上げる。まじまじと見つめて、ため息をついた。
「今回は、諦めるしかないか」
独りごちて大広間を出た。縁側から見える庭はきれいに整備されている。僕の国じゃ、まず見かけない手入れ方法だった。木の枝や葉が丸く切られ、小石が庭に敷かれていた。それが渦巻き模様を作っている。何でわざわざ小石を敷くんだろうって、初めて見たときは思ったけど、こうして見ると味わいがある。
「さて、見て回った城の様子でも書き写すかな」
自室に向おうと気持ちを切り替えた。そのとき正面の部屋の中から、ガタンと、小さな物音が聞こえた気がした。
「誰かいるのか?」
独り言ちて、部屋へ近づく。
「誰かいますか?」
声をかけながら障子を開いた。でも、中には誰の姿もない。奥の襖が開け放たれていて、続き部屋が見える。続き部屋には掛け軸がかけてあって、野桜の絵が描かれていた。その隣に、クローゼットがある――いや、こっちでは押入れって言うんだっけ。
押入れの襖の端には、大きな梅の花が描かれていた。
なんとなく可愛らしい部屋だな、なんて思いながら障子を閉めようとしたとき、続き部屋の押入れが僅かに開いていることに気がついた。
(誰かいる? 何かあるのか?)
胸がドキドキしてきた。
僕は好奇心に任せて部屋に入り、続き部屋へ行くと、押入れに手をかけた。
どうせ空か、布団か何かしか入っていないと思いつつ、わくわくしてしまう。宝箱や、誰かの秘密を覗くみたいに胸が高鳴る。
「えいっ!」
思い切り押し入れを開けた。
「……やっぱね。だよね」
中は完全なる空だった。上段と下段を分ける仕切りもない。
僕は嘆息しながら、押入れを閉めようと再び襖に手をやって、ふと気がついた。押入れの壁に薄っすらと縦に線が入っている。僕は何気なくその線をなぞった。
「あれ?」
ぼこっとした感触がある。僕は二度、三度と線をなぞった。初めは、木の歪みだろうと思ったけど、明らかにでこぼことした感触があった。左右に手を広げて擦ってみる。すると、その感触は、そこだけじゃなかった。まるで扉をかたどったように、四角く広がっていた。
「これって、もしかして、隠し扉か?」
四角くかたどられた、でこぼこの線の端っこをコンコンと叩いた。すると、壁は僅かに浮いて、少しだけ厚みのある板が顔を出した。それを引っ張ると、板が半回転して、通路が現れた。
暗い通路は真っ直ぐに伸び、その先に微かに光が見えた。僕は興奮と、若干の不安を感じていた。暗いというそれだけで、恐怖を感じてしまうのはしょうがない。
僕は、一歩足を踏み出した。
五メートルくらい歩いたところで、僅かな光りにたどり着いた。そこは突き当たりだった。どうやら光は、壁の中から漏れ出しているみたいだ。
つまりこの先は外か、もしくは部屋があるってことだ。