レテラ・ロ・ルシュアールの書簡

「表向きには学問として各国の歴史を取り扱おう。しかし深く知り、記し、後世に残そうとしているというのは秘密にしておこう」
「何故ですか?」

 若葉は声を潜めながら首を捻る。
 日輪国は五十年前までは鎖国していたが、元々良識があるものが多く、学校も各地域に行き届いていたため教育の水準は世界から見ても格段に高く、その上、この学校では既に各国の歴史を学んでいる。その一環で此度の発掘を他国に依頼されたくらい日輪国の学問は進んでいるのだ。
 
 何故秘密にしておく必要があるのか、若葉には理解できなかった。もちろん陽空も訝しい顔をしている。

「此度のような歴史が古いものなら、研究して行こうが書物に記していこうが問題ないかも知れん。しかしな、近代史に至ってはどこの国でも蒸し返して欲しくないことはあるものじゃ。人間は過ぎ去りし過去であろうと、客観視して見れるものは少ない」
「というと?」

 訊いたのは陽空だ。

「例えば、お前さんの爺さんの時代に爺さんが戦地に赴いたとする。その戦に関わっていた兵士が戦場で敵兵を惨殺したという話が出た時に、お前さんはどう思う?」
「……いや、まさかうちの爺に限ってないだろう」
「だろう?」

 ハナシュ教授はしたり顔で笑んだ。

「もしかしたら、敵兵の方が先に残虐な殺し方をし、その仕返しに敵兵を惨たらしく殺したということがあったかも知れん。戦場は何が起こっても不思議ではない。人間の残酷な心理が働く事もある。だが、それを起こってしまった過去のものとして、冷静に俯瞰して見られるようになるには、爺さんの代では足りん。曾爺さんでも足りん。人間が歴史を歴史として捉えられるようになるにはかなりの年月が必要じゃ。そして、それは国もしかり」
「国も?」

 陽空が怪訝に訊いた。

「ああ。国の方がやっかいじゃな。例えば、先程の兵士の残虐行為がまったくのでたらめだったとする。勝戦国が勝手に敗戦国を悪とした例じゃ。まあ、そんなものは実際ごろごろしておるが……」
「はい」

 若葉は強く頷き、巻物を握り締める。
 怒りのような憤りが若葉の体を巡った。

「その事実が明るみに出たとして、勝戦国は絶対にそれを認めないだろう。認めれば自国の不利益にしかならないのだから。国がそれを認めるには、個人の時間よりかなりの年月を必要とする。だから、秘密裏に行うのだ」
「そうか。邪魔されないようにですね」

 ああ、そうじゃ。とハナシュ教授は顎を引いた。
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