レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
* * *
それから十時間ほど経って、ようやく吸魂竜は動き出した。
のそっと巨体を揺らしながら起き、長い尾を振った。結界にぶち当たって、鋭い音をたてながら尾が反対側へ跳ね返ったが、吸魂竜は大した反応を示さずにただ兎を見据えた。
鋭く餓えた瞳を向けられた兎は、びくりと耳を立たせながら、なるべく荷物があるの方へと逃げようとする。が、結界に当たって身を翻した。
兎はそのまま吸魂竜と向き合い、威嚇するように前のめりになる。
吸魂竜は大きな口を開き、長い舌をだらりと垂らした。
青黒く、くすんだ舌が僅かにうねる。そのうねりが、徐々に蛇の歩みのように激しくなり、甲高い音が響いた。
結界のおかげなのか、僕の耳には僅かな耳鳴りにしか聞こえなかったけど、兎にしてみれば強烈な衝撃だったようで、兎は耳を押さえる代わりにぐるぐると円を描きながら暴れまわり、やがてぱたりと倒れ込んだ。
僕は懐中時計を取り出した。それは誰の指示でもなかったけど、マルは僕の視界の隅で満足げに微笑んで、出てくる時間を計ってくれと言った。
僕は半ば右から左に流しながらも頷いた。むろん、そのつもりだったからだ。
それは、約五分ほどの時間で兎の体から出てきた。白い靄のような、ほんわかとした光を纏う丸い物体。魂と呼ばれるもの。
それは、ふわふわと漂いながら、吸魂竜に近づき、自動的に、何の抵抗も示さずに、吸魂竜の口へと運ばれた。
「うん。やっぱり、そうなんだ」
マルは確信を持ったようにきっぱりと言って、
「紅説様、今度は僕が入ります」
(本気か!?)
僕は度肝を抜かれた。正気かと思う一方で、どきどきしている自分もいる。それは、不安や緊張からじゃないことは僕が一番知っている。
「危険だ。私がやろう」
紅説王の提案を、マルは首を振って断った。
「いえ。僕がやります」
「では、お前の身体に結界を張ろう」
これにもマルはかぶりを振った。
「それでは魂を吸い出されるときに、身体に何が起こるのか確かめられません」
「ちょっと待ってください。そこまでやるんですか?」
アイシャさんが制止を含んだ問いかけを、マルと紅説王に投げた。マルはもちろんというように頷いた。
「それはさすがにやりすぎじゃないですか?」
今度は問いかけが極端に薄く、制止する要素が多い言い方だった。
「大丈夫だよ。死ぬようなヘマはしない。もう無理だってなったら結界を張るさ」
「それでも、危険だと思うけれど」
僕もそう思う。
平然と言って笑ったマルに、アイシャさんは心配そうな表情で呟いて、窺うように紅説王に視線を移した。王は、渋面を浮かべながら、小さく息を吐いた。
「許可する」
それを聞いて、マルはガッツポーズをし、アイシャさんは目を丸くし、僕は実験が見られる興奮と、心配する気持ちがない交ぜになって、微苦笑した。