レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
* * *
それから五日ほど経って、紅説王に呼ばれ、皆が大広間へ集まった。
この五日間、危険だからという理由から、僕達は研究室に入ることを禁じられていた。
だから、僕は何も知らない。
わくわくしながら待っていると、王と青説殿下と一緒にマルが姿を現した。
この五日間、マルと会うことはなかったからか、少しどきどきする。マルもああ見えて女の子なんだよな。性別が何であれ、マルとは気が会うし、友達であることに変わりはないけどさ。
僕達が叩頭しようとすると、紅説王はそれを制した。
「いや。良い。そのまま聞いてくれ」
そう告げて、マルに促すような目を向けると、マルが少し前に出て、後ろ手に組んでいた手を前へ持ってきた。
手のひらの上には布が乗っていて、その上に吸魂竜の舌が乗っていた。最初に研究室で観たように、渦巻き状で、蝸牛のような形だったので、おそらくは、絶魂と呼ばれる筋組織部分だろう。あけぼの色が、何とも言えぬ生々しさを語ってくる。
「これは、絶魂と呼ばれる吸魂竜の舌の筋組織です。正確には喉でもあります」
「喉? 舌根(ぜつこん)って、舌の付け根のことよね」
訝しがったアイシャさんに、燗海さんは感心したように、「ほお、お嬢さんは物知りじゃな」と称賛を送ったが、マルはかぶりを振った。
「確かに舌根は舌の付け根のことを言いますが、この場合は違います。こっちの言葉だと、絶望のゼツに、魂のコン、で絶魂。これは紅説様がお付けになられました」
マルは軽く、首だけで振り返り、上段の間に座している紅説王を示した。
王は、特に感慨もないようすで静かに座っている。しかし反対に、王の後ろに控えるように座っていた青説殿下はほんの一瞬だけ、王に冷たい視線を向けた気がした。
この二人の確執は、どうやら深淵なものらしい。王族にはやっぱりありがちだけど。
「吸魂竜は、というかドラゴン自体は鳥類と同じように、鳴管によって唸り声や咆哮などの音を出しています。鳴管は通常、器官の分岐点にあって、この鳴管による発振音を鼓室で共鳴させて音を出しています。ですが、この鳴管、吸魂竜はまったく別の場所にあったことが判明したんですよ」
「なるほど、それが絶魂。舌かね」
燗海さんは確信を持ったように口元を緩ませた。その横で、陽空が俺もそう思ってたと言わんばかりに大げさに頷く。やつはすでに考えることを放棄したようだ。
「でも、それがそこにあったとして、なにに繋がるんだ?」
僕が問いかけると、マルはすっと僕を見た。そして皆の表情を一瞥していく。一周してから、マルは絶魂を畳に置いた。
「この絶魂は、振動させ、共鳴させることによって、特異な震音を発生させ、生物の脳や体の中の水分に影響を与えることが分かったんだ。そして、この五日、吸魂竜を調べつくした結果、吸魂竜の鱗にも秘密があることが分かったんだ」
「どんな?」
僕は思わず身を乗り出す。
「吸魂竜の鱗は、ある特異な電磁気を発することが分かった。陽空にも来てもらってその程度を調べてもらったんだけど、発する量としては微弱であることが分かった。ただ、その電磁気は、さっきも言ったように特殊なんだ」
僕は仰天しながら陽空に顔を向けた。陽空は涼しい顔で前を向いている。僕は、心の中で憎々し気に毒づいた。
(お前~! またお前だけか! 僕が見学に行きたがってたこと知ってただろーが! 僕も呼べよなぁ! この、女ったらし!)
僕の怨念を一身に受けて、陽空はぶるっと身震いしたけど、マルと王に説明を促されるような目で見られて、咳払いして切り出した。
「――んんっ。そうですね。えっと、なんて言ったら良いのかな。電磁気ってのは、まあ、簡単に言えば、つーか俺はそれしか知らねえけど、電気を帯びた磁気とか、電流によって生じた磁気なわけです。自然界で言えば、光がそうなわけだけど、光を浴びても日焼けするくらいで特に人体に影響はないわけだ。でも、この吸魂竜が発する電磁気はちょっと違う」
いつもお気楽な陽空の表情が、深刻な顔つきに変わった。
「俺が見た感じ、吸魂竜の電磁気は微量だけど、それでもこの星に降り注いでいる光よりも強い電磁気を発している。それを生物が浴びれば、脳の電気信号に混乱をきたすことは明白だと言えるくらいだ」
そこまで言うと、陽空は肩を竦めながら、急に明るく声音を変えた。
「まあ、死ぬほどじゃねえがな」
しかし、またすぐに表情が曇る。