レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「ほら、彼女。エリートじゃん? 挫折したことなかったみたいなんだわ。でも、魔竜の巣行ったとき、初めて敵わない相手に出遭って、しかも死ぬ思いまでしたから怖くなっちゃったみたいなんだよな。魔竜と対峙すんの」
「ああ、なるほど」
それで魔竜の話題になると暗い目になってたのか。
「しかも自分は強いって自負してたのに、それを打ち砕いたやつを倒したやつがいたってなりゃあ、プライドもズタボロだろ」
「そっか……」
燗海さんならまだしも、自分より年下の女の子に負けちゃったんだもんな。そりゃ、ショックだよな。しかも殺されるかも知れない恐怖を味わったら、トラウマにもなるよ。
でも、ヒナタ嬢に嫉妬してたとしても、アイシャさんは彼女を気にかけたりしてたんだよな。本当、アイシャさんは人間的に出来た人だ。
「それにしても、アイシャさんはお前には言ったのか。軽そうなのにな」
僕の毒舌に陽空は苦笑を浮かべて、首を振った。
「いんや」
「じゃあ、何で知ってんだよ?」
「見てりゃあ、分かるだろ。それくらいのこと。俺の部下にもいたもんな。そういうタイプ」
「そうなんだ」
陽空って、案外人のことよく見てるよな。
僕もそれで救われたときもあったし――僕は内心で尊敬を込めて陽空を見た。
「アイシャちゃんは、自分で何とかしたいタイプだから、あんま構うのも嫌われちゃうかなぁって思ってたけど、今が狙い目かな」
「……は?」
「こういうときはじりじり距離詰めないで、押してく方が、ああいうタイプは落ちるんだよなぁ。まあ、その前に衝突はあるだろうけどな」
「お前なぁ……」
人が感心した途端、こうだ。
「お前はやっぱ、ただの女たらしだよ」
「なんだよいまさら、んな分かりきったこと」
陽空は、ハハハと声を上げて笑った。
僕はわざと呆れた視線を向ける。
口ではああ言ったけど、陽空はそれだけの男じゃない。呆れさせられることも多いけど、僕は、心の奥でこいつを信頼してる。でも、絶対そんなこと言わないけどな。
「……ったく」
僕はわざと大きく舌打ちした。
改めて正面を見据える。アイシャさんはもう森の中へ消えていた。僕は、後ろを振り返った。何やら王と話しをしている燗海さんを見つめる。
「なあ、陽空。燗海さんって何者だ?」
「知らねーよ。恐ろしく強い爺さんだってことぐらいしか」
陽空は肩を竦めてにやっと笑った。それはどことなく自嘲じみている。
(ふ~ん。なるほど、こいつでも嫉妬することはあるんだな)
「燗海さんって、なんの能力者なんだ?」
「さあ? でも、見たところシンプルだと思うぜ」
「シンプル?」
「そう。身体強化とかな」
「身体強化……身体強化の……驟雪国の……険の達人……」
僕の無意識の呟きは、頭の中で意識的に繋がった。
「もしかして、燗海さんって、あの伝説の烈将軍、目黒燗海か!?」
「あ? 誰だそれ」
「陽空、知らないの?」
僕は驚いて目を見張った。でも、そうか。陽空は水柳国の人間だ。驟雪国の者や、驟雪国と隣国しているルクゥ国の人間ほど知っているわけがない。ましてや彼はもう歴史上の人物なんだから。
「二百年前、驟雪国には身体強化能力者の目黒燗海という烈将軍がいて、そのころ、現在の驟雪国の国土の半分以上がルクゥ国の物だったんだよ。でも、その目黒烈将軍が戦場に出て以来、ルクゥ国は押されて、僅か八年で今の領土分にまで減らされたんだ」
「マジか」
あんぐりと口を開けた陽空に僕はうんと頷いて、
「でも、彼は何故か十年足らずで軍を去ったんだよ。一説では死んだって言われてたんだけど……」
「まさか、あの爺さんがそうだってか?」
言葉を濁らせた僕に、陽空は苦笑しながら言って、燗海さんを振り返った。