レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「かも知れない」
「でも二百年前だろ。爺さんは爺さんだが、少なくとも二百歳には見えないぜ。六十後半か、七十前半かってとこだろ?」
「でも、身体強化能力なら、若くいられるんじゃないか?」
「……かもな」
陽空は歯切れ悪く言って、肩を竦めた。
僕は燗海さんに真実を訊いてみたくて駆け出した。
本人なのか。何故十年弱で軍を去ったのか、何故旅をしていたのか、早く訊きたい。
僕は逸る気持ちで燗海さんに手を振った。
「お~い! 燗海さ――」
そのとき、太陽が何かに遮られ、地に影が降り立った。
(雲か?)
僕は何気なく顔を上げる。しかし、そこにあったのは、太陽を遮る白い雲ではなかった。黒雲のようにどす黒い、巨大な翼竜。魔竜、アジダハーカだった。
「つがいだ!」
燗海さんの叫び声が聞こえた瞬間、
「ヴォオオオ!」
魔竜は頭上から地に向かって、咆哮を叩きつけた。
「うわああ!」
僕は悲鳴を上げて地に伏した。耳が痛い。耳に手を当てても、咆哮と一緒に甲高い音が突き抜けてくる。圧縮されるみたいに頭に激痛が走って、息が出来ない。じっとしていたいのに、体が勝手にのた打ち回る。
まるで、実験された兎みたいに。
僕は、死ぬのか? あの兎みたく……。
「うわあああ! いやだあああ!」
僕が叫んだ瞬間、何かが頭上の魔竜めがけて飛んで行った。
白く、かすんだ眼が捉えたのは、ぼやけた光。それが魔竜の口へ運ばれた。途端に、僕の身体が軽くなる。
ふっと宙に浮いたような感覚がして、ぐらっとした世界が回った。めまいと吐き気がやって来て、お腹の中のものを全部吐き出した。肩で息を吸う。軽く咳き込み、僕は吐しゃ物がついた顎を服の袖で拭った。
(頭がくらくらする)
大きく息を吸った。
僕がやっと魔竜を見据えたのは、息を吐き出してからだった。
魔竜は、しばらくじっとしていた。
三つ首がゆらゆらと蠢き、まるで何かに酔っているようだ。
「――」
魔竜の喉の奥で微かな音が鳴っている。
それに気づいた途端、一瞬で体中が戦慄いた。