レテラ・ロ・ルシュアールの書簡

「だが、耐性を持っていても完全ではないとふんだんだ。燗海達が倒した魔竜は、最初は効いていたようだったからな。そこで、体内に入れてみようと思ったのだ。完全に耐性があればあるいは効かないかも知れないが、体内に異物が入り込んだことにより、なんらかの変化はみられるだろうと」
「それで結果が」

 あれですか――と言いかけて、僕は魔竜がいた場所を見た。彼らもつられて、魔竜がいた場所を見る。ただし、ヒナタ嬢だけは例によってつまらなそうに、ぼうっとしてたけど。

「魔竜の耐性は完全ではない。だから、体内に侵入してきた絶魂の作用に絶えられず内側から肉体ごと魂を吸い出されてしまったのだろう」
「じゃあ、肉片もあの中にあるのか」

 ヒナタ嬢が、嘲笑気味に独り言ごちた。
 王は首を振った。律儀に答える。

「それは定かではないが、おそらくはないだろう。肉体が魂の塊に吸われ、吐き出されたことによって、こうしてバラバラになってしまったんじゃないかと、私は考えている」
「なるほど」

 僕はポケットからメモ帳を取り出そうとして、はたと止めた。血でべとべとで、完全に乾くか血を落とさないと書けそうにない。

「ああ、そんなぁ」
 僕は情けない声を出して、踵を返した。

「さあ、はやく帰りましょう! 忘れないうちにメモしなくちゃ!」
「お前はそればっかだな」

 後ろから陽空の呆れた声が聞こえて、僕は首だけで振り返った。

「でも、俺も賛成。さっさとこの汚れを落としたいぜ。う~んざり!」

 歌うように言って、陽空は髪をいじって乱暴に後ろに流した。顔には嫌悪感が滲んでいる。

「ああ、なるほど」
 僕は小さく呟いていた。

 陽空は案外きれい好きだ。通訳をしていたときに、何回か部屋に行った事があった。荒れ放題なイメージだったけど、実際はちゃんと生理整頓されていて驚いた事がある。
 僕のメモまみれの部屋より、よっぽどきれいだったっけ。

「お前、さっきそれさっさと落としたくて怒ってたのか」
「怒ってねぇよ。血が臭すぎだし、ベタベタするからイラついただけだ」
「怒ってんじゃん」
「いやいや。イラつくと、怒るは違うだろ」

 僕の突っ込みに陽空は、手をふって笑った。
 そのときだった。
 僕は脱力感に襲われて膝を突いた。僕のすぐ隣で陽空も地面に手をついたのが見えた。

「まさか」

 王の切迫した声が耳に届く。
 ちらちらと頭上で何かが輝いた。僕は、重だるさの中で上を見る。
 天空で光り輝いていた魂の塊が、いっそう強く輝きだしていた。

「うっ!」

 その光に呼応するように、僕の脱力感はひどくなっていく。ぐらっと景色が歪んで、僕はいつの間にか草を間近に見ていた。

(倒れたのか?)

 僕は無意識の中で、僅かに首を捻り、後ろを見た。そこには、毅然と立つ王の姿があった。遠のく意識の中で、王が印を結んだのを捉えた。

 瞬時に魂の塊に透明な結界が張られた。
 すると、僕の身体は一瞬だけだるさから解放された。でも、すぐに脱力感が襲ってきて、僕は地面に伏せたまま、空を見上げた。意識が朦朧とする。

 曇天の中で、偽者の太陽はその光を僅かばかりに緩めている。それは、ゆっくりと下降してきて、紅説王の手の上に納まった。それを目にしたところで、

(ああ、もうダメだ……)

 僕は強烈な脱力感に抵抗出来ずに、意識を失った。





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