レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
七話
空を貫くような、鋭く尖った岩山は雪に覆われていた。白銀の中に、灰色の岩肌が浮かぶ。大雪にまみれた山々は幾つも連なっていた。
その中でも抜きん出て鋭く高い山の中腹に、大きな亀裂が走っている場所があった。その先を進むと、巨大な洞窟が口を開けていた。
僕達は、その洞窟の中で静かに息を潜めていた。
ここは、驟雪国にある魔竜の巣とされているものの一つだった。
驟雪国王都、獅間子(しまね)にある、獅子城から持ち運ばれた転移のコインによってこの山の麓へ出たときは、寒くて死ぬかと思った。
条国においても今は冬だったけど、どんなに寒くてもマイナス二度を下回る事はないし、そう寒いのは朝方だけだった。故郷、ルクゥ国であってもマイナス四度を下回ることはない。
だが、驟雪の北部は昼でもマイナス十度は当たり前。しかも、この山脈は更にひどい。マイナス四十度もある。燗海さんによれば、それでも今日は暖かいという。
僕は既に閉じられていた毛皮のコートの襟を掴んで、更に締めた。松明の火が吐く息が白い事を知らせる。寒さにかじかみながら、燗海さんごしに辺りを窺った。
「ここにはおらんな」
燗海さんがぽつりと独りごちて、振り返った。
「進むぞい」
低声で言って立ち上がると、後ろで数人が動く気配がした。
「そんなに慎重になる必要がどこにあるんだ」
緊迫感が漂う中で、ヒナタ嬢がつまらなそうに呟いた声が聞こえた。
僕は振り返ると彼女に目を向けた。もしかしたら不快さが出てしまって、睨んだ形になってしまったかも知れない。
でも幸いな事に、彼女は僕を見ていなかった。
どことなく不愉快そうに、ヒナタ嬢は燗海さんを見ていた。
燗海さんは真剣な面持ちを、柔和な顔つきに戻した。眉を八の字に曲げて、駄々を捏ねる子供を見るような目をヒナタ嬢へ送る。
ヒナタ嬢の後ろにいる二人が、緊張感のある雰囲気をかもし出した。明らかに、困惑している。この二人は、条国の王族だ。
奥にいる人が、愁耶(しゅうや)さんといって、長身でがっちりとした体格を持っていた。瞳はスカイブルーで、髪は茶色の短髪、年は三十八から四十あたりだろう。
もう一人、手前の彼は彪芽(あやめ)さんと言って、青緑の瞳に黒髪の青年だった。背はそんなに高くなく、ヒナタ嬢と同じくらい。年は僕より少し下の二十代前半といったところだ。
条国の王族に会ったのは彼らと王と殿下、マルを含めて十一人いるけど、いずれも皆青色系統の瞳を持っていたな――と、二人の目を見てなんとなしに思い浮かんだ。
ヒナタ嬢が珍しく笑む。といっても、とても魅惑的とはいえない。小バカにするような嘲笑的な笑みだった。それでもきっと、こういう類が好きな人はぞくぞくして堪らないだろうけど。
彼女は皮肉を込めたように言い放つ。
「もう五年も魔竜を殺してまわってるんだぞ」
ヒナタ嬢の言うように、魔王と名付けられた兵器が誕生してから、五年の月日が流れていた。