レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
二十インチ近く降り積もった雪を踏みしだいて上ると、雪はガチガチに硬くなっていた。山の外から見た雪の量からみても、雪の感じからしても、この縦穴に侵入してくる雪は稀だと言ってよさそうだ。
おそらく、風の関係で吹雪が入り込む事はあまりないんだろう。
縦穴を通り抜けると、その先は真っ暗だった。
さっきいた場所よりも更に暗い。
まるで底のない井戸を覗き込んでいるかのような暗闇だ。
どことなく、不安を掻き立てられる。
僕はいつの間にか歩調を緩め、その足取りを止めてしまった。だけど、ヒナタ嬢は恐れることなく突っ込んでいく。
「ヒナタ!」
燗海さんが叱責する声を上げた。
ヒナタ嬢は僅かに振り返り、足を緩めるが、止まる気配は無い。
(燗海さんの言う事は聞くんだよな。彼女にしては、だけど)
深い闇に彼女が突入しようとした瞬間、闇の中に突如満月が現れた。月はヒナタ嬢の顔面付近に現れたかと思うと、一瞬だけ消えた。
(瞬きみたいだ)
ぽろっと思った刹那、僕の背中にぞっとしたものが走る。
あれは、目だ。
「アジダハーカだ!」
誰かが叫んだ。多分、声が若いから彪芽さんだろう。
僕はその場に硬直した。後ろには、彪芽さんと愁耶さんがいる。燗海さんが脚に力を入れるのが見えたけど、駆け出す前にヒナタ嬢は恐れることなく跳躍した。
チャクラムを腕から外すことなく、その鋭い刃を魔竜の瞳へ突き刺した。肘まで魔竜の瞳に埋まる。
「ヴィギャアー!」
魔竜が悲鳴をあげ、奥へと引っ込んだ。
「うわぁ……」
僕は思わず呟いた。
(よくやるよな。本当、最悪)
思わず戻しそうになったけど、後ろでどちらかのえづく音が聞こえて、僕はそれを堪えた。
思わず小さく相槌を打つ。
(うん。目玉に腕突っ込むとか、やばいよな)
僕が密かに同情を送ると、
「ヒナタ、いったん引け! 縦穴に誘い込むぞ」
燗海さんが叫んだ。後ろに向って軽くジャンプすると、その一歩だけで光の射す縦穴の中心へとたどり着いてしまった。降り積もって硬くなった雪が舞い、キラキラと輝く。
僕と後ろにいた二人も燗海さんの後を追ったけど、縦穴にたどり着く前にヒナタ嬢に追い越されてしまった。
「何でたたみ掛けない」
ヒナタ嬢はイラついた調子で燗海さんを見る。
「暗いところは不利じゃろうて。それに、松明を持ったままでは戦い辛かろう」
「……」
ヒナタ嬢は渋々納得したようすで向き直った。
(はあ~)
感心してしまう。
燗海さんの上手いところは、こういうところだよな。
僕だったら、先には何があるのか分からないし、魔竜はつがいだ。あんな化け物に挟み撃ちでもされたらどうするんだ。
それに松明を持ったままじゃ戦えないだろって余計なことまでべらべらと言ってしまうところだ。
そうすると、ヒナタ嬢のことだ。弱虫なやつめと一蹴して、戦えるとムキになるに決まってる。燗海さんは仲間内で一番ヒナタ嬢の扱いが上手い。やっぱり年の功かな。
暢気にそんな事を考えていると、ヒナタ嬢が松明を投げ捨てた。ぴりっとした空気が伝わる。
闇の吹き溜まりのような洞穴から、重い足音を響かせながら魔竜が姿を現した。緊張感が走る。ヒナタ嬢はにやりと酷薄な笑みを浮かべ、燗海さんが構えた。
愁耶さんが魔王を風呂敷包みから取り出すと、緊張した面持ちで彪芽さんが結界を解く構えをした。
そこでふと、僕はあることに気がついた。