レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
王は、「そうか」と呟いて立ち上がると、僕たちに顔を上げるように言った。顔を上げると、王は握っていた拳を解いて、金色のコインを投げた。
コインは弧を描き、僕たちの頭上を通り抜けて地面に落ちて、くるくると回った。そのまま回転を速めると、どういうわけか、コインを中心に黒い滲みが広がった。
コインはその闇に飲み込まれ、あっという間に地面に暗い穴を開けた。それは直径五十センチ弱はある。
「これで、条国へ転移出来るそうだ」
「もしやこれは、条国の紅説(こうとく)国王がお造りになられたものでは?」
条国の紅説王といえば、術式の開発に熱心で有名な方だった。どういう原理なのかは判らないが、次々に様々な術を編み出す。例えば、術式を紙に書き、それを地面へ落とすと一定期間火柱が上がり続けるものなどがあった。確か、呪火と言っただろうか? 是非とも御会いして、どんな原理で、どんな経緯で作られたのか訊いてみたい。
「その通りだ。さすが、物知りだな。お前に白羽の矢を立てて良かった」
「勿体無いお言葉でございます」
「お前にも期待しているぞ。ヒナタ。他国の者よりも多く、魔竜を仕留めるのだぞ」
「……はい」
ヒナタ嬢は感慨なさげに頷く。
「では、出国と行こう!」
「ハッ!」
王の号令で、僕とヒナタ嬢は立ち上がった。開いた穴を見つめ、互いに顔を見合す。今更ながら、緊張感が高まってきた。心臓が飛び出しそうなほど、鼓動が速まってきたのを感じる。
「あたしから行く」
僕のビビリを察したのか、ヒナタ嬢は冷静に呟いて、暗い穴へと一歩足を踏み出した。
(ああ、僕って情けないなぁ)
苦笑を零した僕の耳に、ヒナタ嬢の独り言が聞こえてきた。
「待つのは面倒臭いからな」
(僕だって、緊張しただけで、すぐに行けるさ!)
僕はムッとして、誰に言うでもなく心の中で見栄を張って、ヒナタ嬢の背中を睨み付けた。
ヒナタ嬢は、穴の中心まで行くと穴に沈み込み、ずぶずぶと底なし沼に飲まれるように、闇の中に消えていった。
僕はそれを見送ると、一息ついて気合を入れ、穴に向って足を踏み出した。