レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「まあ。今日はちょっとスリルがあっただろ?」
「……」
案の定、鋭い瞳で睨まれた。
苦笑を浮かべた僕の横に、燗海さんが並んだ。
「ヒナタ。お前さんは戦いだけではなく、他の事も学ばなければいかんな。ちゃんと人間や生き物を見れるようにならんとな」
「……は?」
ヒナタ嬢は怪訝、というよりは不快そうな顔つきで燗海さんを見た。
燗海さんは眉尻を下げて微笑(わら)った。
「でなければ、お前さんはいつまで経っても乾いたままじゃぞ」
「……」
ヒナタ嬢は黙り込んで、珍しく何かを考える表情を浮かべた。
(なにか思い当たるふしでもあるのか?)
僕はヒナタ嬢を窺い見る。でも微かな期待は、やっぱり当然の如く破られた。
「あたしには必要ない。戦いこそが、ジャルダ神こそがあたしの全てだ」
ですよね。
「それにしても、ヒナタさんが僕を助けてくれるとは思わなかったな」
蹴られたけど。
「はあ!?」
つい、ぽろっと本音が口をついてしまっただけなのに、ヒナタ嬢は僕の上から下までを鋭いナイフのような目で睨みつけて舌打ちをした。
「勘違いするな。邪魔だっただけだ」
「ですよねぇ」
へらっと僕が笑いかけると、ヒナタ嬢は不快そうな表情のまま歩き出した。
「相変わらず怖いなぁ」
ぼそっと呟くと、ぽんと背中を叩かれた。振向くと燗海さんが柔和な顔のままヒナタ嬢を見送っていた。
「長年一緒にいるんじゃ。自身は気づいてないかも知れないが、ヒナタだってそれなりに愛着があるんじゃろう。キミにも、他の者にもな」
「ですかねぇ」
僕が半信半疑な声を出すと、燗海さんは懐かしむような視線を送った。
「ヒナタ自身も早くそれに気がつけば良いんじゃがな」
その郷愁のような瞳の中に、どことなく心を抉られるような深い哀しみが見えた気がして、僕は一瞬だけ寂しい気分になる。
「……燗海さんって、やっぱり目黒燗海でしょう?」
これまで幾度か訊いては、はぐらかされてきた質問をぶつけてみた。
今ならなんだか、答えてくれそうな気がした。
燗海さんは、細い目を一瞬だけ開けて僕を一瞥すると、「ほっほっほっ!」と声に出して笑う。
「そんなわけがあるまい。二百年も前じゃぞ。彼はもうとっくに死んだよ」
思わず目を丸くしてしまった。
はっきりと否定されたのは初めてだ。
「……ま、そうですよね」
肩を竦めながら言って口の端を持ち上げた。
口ではそう言ったけど、やっぱり心のどこかでは燗海さんは目黒燗海だという説を否定しきれない。
僕の気持ちを知ってか知らずか、燗海さんは僕の背中を再度叩いて促した。
「わかったのなら、さあ、帰ろう」
「はい」
僕は軽く返事を返すと、雪をざくっと踏んづけた。