レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
* * *
閉じていた瞼に光りが射し込んで、瞼の裏を紅く染める。僕は、ゆっくりと目を開けた。目に飛び込んできたのは、見た事のない部屋だった。いや、書物では何度か目にしたことがある。
僕は思わず、しゃがみ込んで床を触った。資料で見た、い草という草を編み込んで出来た、畳という物が敷かれた床に違いない!
ざらっとした感触。ほのかに香る、青臭い匂い。
「すごい! これが、条国の畳というやつか!」
僕は感激して、部屋を見回した。そこは、四方に薄い戸で囲われた部屋だった。戸にはそれぞれ美しい絵が描かれている。
川のような模様や、山や、森。色とりどりの花が描かれている戸もある。どうやらどの戸にも、金粉が僅かに散りばめられているようだ。上品な金色が陽光に照らされ、星のように輝いている。
ただ、一箇所だけ、僕の後ろにある戸だけは、様子が違った。格子状の木枠の中に白い布のようなものが張ってあるだけだ。
僕は、左の花が描かれている戸を触った。ざらっとしていて、紙の様な感触。僕の脳内に、昔見た図鑑が浮かんできた。
「そうか。これが、襖だ。そうだ、そうだ、資料で見たぞ! そうだ。それで、この後ろのが障子っていうやつだ!」
障子は襖と違って和紙という紙が貼ってあって、明かりが入るようになっているんだ。
こんな形式の屋敷は、通常、条国と驟雪国の一部の地方にしか存在しない。一部、と言っても、確か三分の一はそういう形式だと聞いたことがある。
僕は、感激に打ち震えた。早く、書き記さなくちゃ。
ポケットを探った瞬間、襖の向こうからくぐもった声が聞こえた。男の声だ。
そっと襖を開くと、そこにはヒナタ嬢がいた。そして、もう一人、背の高い男がいる。
ヒナタ嬢の横顔は、不快そうに歪められていたが、赤茶髪の金色の目をした背の高い男は、浮ついた表情でにやにやと頬を緩ませていた。
何やらヒナタ嬢に語り掛けているようだが、ヒナタ嬢はしかめっ面を浮かべ、煩そうに男を見やっている。おそらくヒナタ嬢には、彼の言葉は理解出来ていない。
男の年齢は二十代中頃。中華服(チュフル)と呼ばれる服を着ていた。
短く、ぴんと張った立ち襟に、コートのように長い上着。太もも辺りからスリットが入り、丸みを帯びたズボンが顔を出している。腕の部分の生地は袖口に行くにつれ、大きく開いていた。
中華服は最南端の国、水柳国の者しか着用しない。――ということは、彼は……。
「もしかして、水柳国の将軍、陽空(ヤンクー)さんですか?」
襖を開けると同時に尋ねた僕に、彼は仰天したように見開いた目を向けた。