レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「では、そういうことなら一つ授けよう。もう一つのコインは円火に渡しておくから、直接姉と再会できるぞ」
王はマルに顔を向けると、マルが研究室を出て行き、すぐに転移のコインを持ってやってきた。
そういえば、研究結果の呪符とかってどこに保管してあるんだろう。
考えを巡らせていた僕を火恋がぽんと叩いた。
「どうしたの?」
僕はしゃがみ込んで、火恋と目線を合わす。
「よかったね」
「ん?」
僕は訊きかえす。何が良かったのか、さっぱりわからない。
すると、火恋はウィンクして見せた。
「これでいつでもヒカルにあえるよ」
そうか。マルが転移のコインを持ってるなら、紅説王に気まずい思いで頼む必要はないし、殿下に見つかる心配もない。マルだったら、気兼ねなく言えるし、こういうことに頓着もしないから、下手に聞いて来ることもない。
僕は火恋を見つめた。
「火恋。お前ってやつは……なんて良い子なんだ!」
火恋が王族だってことも忘れて、僕は火恋を力いっぱい抱きしめた。御付の護衛に引き摺り倒されたけど、僕は頬が緩むのを止められなかった。
これでまた、晃に逢える!
* * *
晃と火恋は、日が暮れないうちに馬車に乗り込んだ。
午後二時頃のことだ。今から出立すれば、日暮れまでには次の街へ着くらしい。
晃は馬車に乗り込むさいに、心なしかこの地を離れるのを寂しがっているような表情をして僕に微笑みかけてくれたけど、離れたくないと願っていた僕が見せた幻なのかも知れない。
離れる前に、もう一度晃の優しい笑顔が見たかったな。
僕は少し残念な気持ちで、城門の前で馬車を見送る。馬車の影が見えなくなって、隣で手を振っているマルに視線を移した。
「なあ、マル。もしかして、妹が次期国王に選ばれるって知ってたのか?」
「どうして?」
マルはきょとんとした表情で僕を振り返った。
「紅説王から告げられたとき、マル全然驚いてなかったろ。それで」
「は~。よく見てるね」
マルは感心したように言って、
「知ってたよ。っていうか、王族の者なら誰でも次は火恋だなって思ってたと思うよ」
「なんで?」
「だって、火恋は紅説王と同じ呪術者だから」
日常をお知らせするように、マルはさらっと言い放った。
「それって、貴重な能力なんだろ?」
戸惑う僕に、マルはなおも当然というように頷く。
「そうだよ。だからだよ。うちは、強い人が国王になる。そういう伝統だからね。男だとか、女だとか幾つだとか、関係ないんだよ。あの子が生まれて、呪術者だって判ったときから、火恋は国王になる定めだったんだよ」
きっぱりと言って、マルは表情を曇らせた。
「僕は自由にやりたいことをやってるけど、彼女はそれをする権利も与えられないっていうのが、不憫だなって、姉としては思うよ」
夕日に照らされたマルの横顔は、研究狂いの探求者ではなく、哀しいほど、姉のものだった。