レテラ・ロ・ルシュアールの書簡

「何だよ。言葉解る奴いんの? 早く言ってよ~」

 彼は安堵したように息を吐いて、僕の肩を軽く叩いた。

 僕がこの任務に選ばれた理由のもう一つが、これ、通訳だった。

 僕らの世界には今現在、五つの言語が存在していた。細かく言えば、様々な民族が各国にいるから、言葉はもっと多様化しているけれど、大きく分ければ五つだ。

「じゃ、一丁通訳してくれる?」

「あ、はい」

 陽空さんに頼まれて、僕は意気揚々と返事を返した。

「彼女、超可愛いね。名前なんて言うの?」

「――え?」

「ほらほら、訊いてよ」

 陽空さんは僕の肩を肘で突付いて急かした。もしかしてさっきからこの人、ずっとヒナタ嬢を口説こうとしてたのか?

「あの、もしかしてずっと口説こうとしてたんですか?」

「そうだけど」

 僕の怪訝に満ちた質問に、陽空さんは、きょとんとした表情を向けた。

「言葉通じてないって分からなかったんですか?」

「分かったよ。でも、女性を口説くのに言葉なんて要らないだろ? 気合だよ。気合」

 僕はびっくりして目を丸くした。

 確か、水柳国には、星主(せいしゅ)教という宗教が広く知られていて、国民のおよそ九割が星主教徒だったはずだ。星主教の主な戒律で、男女は夫婦となるまで結ばれてはならないというものがあり、僕は勝手に星主教徒は堅物なんだと思っていた。でも――。

「もしかして、陽空さんは星主教徒じゃないんですか?」

「いや。星主教だよ。だけど、俺ガラじゃねぇんだよなぁ。あの国にいた時、心底合わねぇなって思ってたもんなぁ。ま、あの国でもヤルことはヤッてたけどな」

 陽空さんは破顔した。

 まるで、情事を思い出したみたいにどことなくいやらしい笑みだ。

 どこの国にでも、変わった人というのはいるものなんだな……。僕の国では彼のようなタイプは珍しくないけど、水柳国ではさぞや変人ように映ったに違いない。

 僕はまじまじと陽空さんを見てしまった。感心半分、呆れ半分といったところだ。いや、呆れの方が先に立つかも知れない。少なくとも僕は、いくら恋愛が自由だとしても、出会って間もない、しかも任務で赴いている見知らぬ地で、ナンパしようとは微塵も思わない。

(……この人を〝さん〟付けするのは、声に出す時だけにしよう)

 でも、題材としてはとても面白そうな人だ。

「え~と、ヒナタさん。こちら、水柳国の陽空さん。お名前なんですか? だってさ」

「お前が知ってるだろ」

 ばっさりと一蹴されて、僕はへらっと苦笑を浮かべた。

「だよね。――えっと、陽空さん。こちら、ヒナタ・シャルメダ・ゴートアールさん」
< 8 / 217 >

この作品をシェア

pagetop