レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「何だよ。言葉解る奴いんの? 早く言ってよ~」
彼は安堵したように息を吐いて、僕の肩を軽く叩いた。
僕がこの任務に選ばれた理由のもう一つが、これ、通訳だった。
僕らの世界には今現在、五つの言語が存在していた。細かく言えば、様々な民族が各国にいるから、言葉はもっと多様化しているけれど、大きく分ければ五つだ。
「じゃ、一丁通訳してくれる?」
「あ、はい」
陽空さんに頼まれて、僕は意気揚々と返事を返した。
「彼女、超可愛いね。名前なんて言うの?」
「――え?」
「ほらほら、訊いてよ」
陽空さんは僕の肩を肘で突付いて急かした。もしかしてさっきからこの人、ずっとヒナタ嬢を口説こうとしてたのか?
「あの、もしかしてずっと口説こうとしてたんですか?」
「そうだけど」
僕の怪訝に満ちた質問に、陽空さんは、きょとんとした表情を向けた。
「言葉通じてないって分からなかったんですか?」
「分かったよ。でも、女性を口説くのに言葉なんて要らないだろ? 気合だよ。気合」
僕はびっくりして目を丸くした。
確か、水柳国には、星主(せいしゅ)教という宗教が広く知られていて、国民のおよそ九割が星主教徒だったはずだ。星主教の主な戒律で、男女は夫婦となるまで結ばれてはならないというものがあり、僕は勝手に星主教徒は堅物なんだと思っていた。でも――。
「もしかして、陽空さんは星主教徒じゃないんですか?」
「いや。星主教だよ。だけど、俺ガラじゃねぇんだよなぁ。あの国にいた時、心底合わねぇなって思ってたもんなぁ。ま、あの国でもヤルことはヤッてたけどな」
陽空さんは破顔した。
まるで、情事を思い出したみたいにどことなくいやらしい笑みだ。
どこの国にでも、変わった人というのはいるものなんだな……。僕の国では彼のようなタイプは珍しくないけど、水柳国ではさぞや変人ように映ったに違いない。
僕はまじまじと陽空さんを見てしまった。感心半分、呆れ半分といったところだ。いや、呆れの方が先に立つかも知れない。少なくとも僕は、いくら恋愛が自由だとしても、出会って間もない、しかも任務で赴いている見知らぬ地で、ナンパしようとは微塵も思わない。
(……この人を〝さん〟付けするのは、声に出す時だけにしよう)
でも、題材としてはとても面白そうな人だ。
「え~と、ヒナタさん。こちら、水柳国の陽空さん。お名前なんですか? だってさ」
「お前が知ってるだろ」
ばっさりと一蹴されて、僕はへらっと苦笑を浮かべた。
「だよね。――えっと、陽空さん。こちら、ヒナタ・シャルメダ・ゴートアールさん」