レテラ・ロ・ルシュアールの書簡

 * * *

 オウスの城下町は、王都カムヤマよりは賑わいはなかったけど、それなりに盛況だった。だけど、今の僕には行きかう人を気にする余裕はない。街を見てるはずなのに、色んな情報がぶっ飛んで行って、まるで頭に入ってこなかった。
 緊張で変な汗が出てくる。

(晃が横を歩いてる……)
 二人きりだと意識すると、何をどうしたら良いのか分からない。

「ねえ」
 ふと、遠慮がちに声をかけられて、僕の心臓は跳びはねた。
「え!?」
 びっくりしすぎて、変な風に声が出てしまった。
「えへんっ!」

 僕は咳払いして、「なに?」と訊きなおした。
 その時、街に出てきてやっと晃の顔を見た。晃は、窺うような瞳で僕を見て、ためらいがちに笑った。

「あのさ。プレゼントって見つかった?」
「え?」
 なんのことだ?
「ほら、あの……。再開した日の」

 きょとんとしてしまった僕に、晃は訊き辛そうに言った。
 僕は高速で頭を巡らす。
 プレゼント……。プレゼント……。

「ああ! アイシャさんの?」
「うん?」

 晃は小首を傾げて、「えっと」と続ける。

「名前は存じ上げないけど、女性の同僚さんにあげるって」
「ああ。うん。そうそう。それ、アイシャさんって人のこと」
「へえ」

 晃は相槌を打って、瞳を伏せた。表情が少し曇ったような気がする。どうしたんだろう? 僕が目を瞬かせると、晃は顔を上げてにこっと笑った。
 全身が熱くなる。やっぱり、晃の笑顔は世界一だな。優しくて、うっとりする。

「それで、見つかったの?」
「うん。まあ……ね」

 僕は言葉を濁した。
 実は、プレゼントは見つからなかった。というか、買えなかった。

 晃達を見送ったあと、晃と再会したことや、火恋のことなどを書いていたら、気がついた時には日が暮れていて、店が閉まっていた後だったし、アイシャさんの見送りも悪気はないにせよ、すっぽかす形になってしまった。

 本当、アイシャさんには悪いことをした。アイシャさんは優しいから、気にするなって言ってくれたけど。

「そっか。良かったね」
 そう言って晃はほっとしたように笑んだ。

「もしかして、ずっと気にかけてくれてたの?」
「うん。だって、中断させちゃったでしょ。無事に見つかったかなって思って」

 なんて、優しいんだろう。
 ふと、マルとヒナタ嬢が浮かんだ。我が道のみを進む二人組みとは大違いだな。

「その……アイシャさんって方とは、付き合ってるの?」
「へ?」

 思っても見なかった質問に、すっとんきょうな声が出てしまった。晃は遠慮がちに僕を見て、地面に視線を落とした。僕の気のせいじゃなければ、その瞳はどこか不安げだ。

「いや! 全然、そういうのじゃないから!」
「え?」
「アイシャさんは結婚するんだよ! 陽空ってやつと! それで、その結婚祝いのプレゼントだったんだよ!」

 なんでだろう。必死に弁明してしまった。
 晃が悲しげに見えて、少しでも笑ってほしくて――って、こんなことでほっとするわけないか。

「なんだ。そうなんだ」

 そう言って、晃は微笑んでくれた。
 陽光が薄茶色の髪を照らして、金糸のように輝く。頬に赤みが差して、少女の頃のように無邪気に見えた。晃は間違いなく、僕の否定を喜んでくれてる。

(もしかして、晃って僕のこと……)

 一瞬期待が胸を過ぎったけど、首を横に振って否定した。
 勘違いで恥をかきたくない。それに、せっかく逢えたのに気まずくて逢えなくなるような関係にはなりたくない。僕は晃の笑顔が見れれば、それで良いんだ。

「レテラ、お腹すかない?」
「え? ああ、うん」

 突然呼び戻されて、ぎくりとしてしまった。僕はお腹を擦って少し考えた。緊張でまったく分からないけど、多分、すいてるだろう。

「すいてるよ」
 そう答えると、晃はにこりと笑って、
「良かった。この近くに行きつけの店があるんだ。行ってみない?」
「うん。ぜひ!」

 晃の行きつけか。どんなところだろう。

「全然高級なとこじゃないけど……」
「良いよ。そんなの」

 遠慮がちに言った晃に、僕は手を振った。すると、晃は安心したように笑んでくれて、僕もほっとした。

 * * *

 晃の行きつけは、意外なことに食堂だった。
 ガヤガヤと賑わう食堂の長椅子の端に晃と向き合って座る。

 隣は中年のおじさんで、晃の隣の太った男性と一緒に来たようだ。どうやら仕事仲間みたいだった。
 僕はきょろきょろと見回してから、晃に向き直った。

「意外だな。もっと、アルタイルハウス的なものかと思ってた」
「嫌?」
「ううん。全然」
 僕はかぶりを振る。

「アルタイルハウスってなに?」
 晃は出されたお手拭で手を拭きながら訊いた。
「ルクゥ国の食事所?」
 晃の目が好奇心からか輝いて見える。

「う~んと、そうとも言えるし、そうとも言えないかな」
「どういうこと?」
「基本的には、アルタイルっていう茶褐色の飲み物を提供する店のことなんだけど、軽食も出来るね。スウィーツも結構置いてあって、女性はそれ目当てが多いかな。ほら、条国の甘味所みたいなところだよ」
「ああ」

 晃は納得したように頷いた。
 甘味所はスウィーツだけを扱ってる店で、奥の座敷や外の長椅子で食べたり、お茶を飲んだり出来るようになっていた。

 大きな傘が椅子の近くに固定されていて、その傘がまた美しかったっけ。着物のように鮮やかな柄で、裏側も日が透けて模様が映って幻想的だった。

「レテラは行ったことあるんだね」
「うん。まあね。珍しい?」
 晃の表情が意外そうだったからそう尋ねると、うんと頷いた。
「甘味所は女性の方がやっぱり多いから」
「そっか」
 確かに女性はいっぱいいたもんな。

「アルタイルハウスはそうじゃないの?」
「うん。男も結構いるかな。食べ物もあるからね」
「そっか」
 晃は顎を引いた。
「甘味所は、誰かと一緒に行ったの?」

 ぎくりとした。
何気ない質問だったに違いないんだけど、ある人が過ぎったから。

「ううん。一人だよ」

 僕は即答して笑った。頬が強張ったけど、苦笑になってないことを祈ろう。
 実は、甘味所には一人で行かなかった。アイシャさんに誘われて行ってみたんだ。でも、今アイシャさんの名前を出すのは良くない気がして、つい嘘をついてしまった。

「そうなんだ。一人でなんて勇気があるね」
「そのときは、そんなに女の人がいるって知らなかったから」
 それは本当だ。
「そっか」

 晃は相槌を打ってメニューに目を通した。
 僕もメニューを見る。当然ながら全部条国語で書かれていた。
(文字の勉強もしてて良かった)
 僕はほっとした気分で、すらすらとメニューを黙読していった。

「決まった?」
 晃に訊かれて、僕はメニューを閉まった。

「うん。日替わり定食にするよ。晃は?」
「わたしは豚竜(トンリュウ)のとんかつ定食にする」
「ああ。あれ、美味いよね」
「ルクゥ国にもあるの?」

「とんかつはないけど、豚竜の料理はあるよ。有名なのはステーキかな」
「へえ。ステーキってどんな料理?」
「肉を好きな硬さで焼くんだよ。味付けは塩コショウとか、バジルとか、それぞれの店で違うけどね」
「へえ。美味しそうだね」
「だろ」

 僕は胸を張った。条国の料理も美味しいけど、やっぱりステーキには敵わない。豚竜ともなればなおさらだ。

 豚竜は四足歩行のドラゴンで尻尾が長く、豚鼻で目は髪の毛のような体毛によって覆われている。緑の肌を持つドラゴンだ。味は、羊に似ているけど、羊より臭みがなく断然美味い。

「豚竜って、どこの国にもあるのかな?」
「あるよ」
 当然、と僕が頷くと晃は意外そうに言った。
「あるんだ」
「うん。あのドラゴンは、世界各地に生息してるから。で、世界各地で食肉として捕獲されてるよ。害獣とされるドラゴンの中でも特殊だよな」
「他のドラゴンって食べたことないけど、食べれないのかな?」
 晃は独りごちるように訊いた。

「僕も食べた事ないけど、ルクゥ国にいた頃に料理長に聞いた話じゃ、臭くてとても食べれたもんじゃないってさ」
「へえ。そうなんだ。レテラって物知りだね」

 にこっと晃が笑う。
 その笑顔は反則だ。無邪気な笑顔に心臓が一気に跳ねて、僕はくらくらしてしまった。

「レテラは、ステーキのどんな硬さが好きなの?」
「豚竜だったらレアが一番だな。牛だったらミディムレア」
「ふ~ん」

 晃は含むように言って、片手を挙げた。
女性店員が気がついて駆けてくる。

「えっと、僕は日替わり。彼女は豚竜のとんかつ定食」
「かしこまりました」
 店員は了承すると慌しく小走りで去った。
「ありがとう」
 晃はこっそりと囁くように言った。
「いや」
 僕は小さく首を振った。その時、ぼそっと晃が呟いた。
「今度、作ってみようかな」
「え?」

 僕は最初わけが分からなくて訊き返した。でも、晃はにこっと笑うだけで、答えてくれなかった。だけど、数秒して脳がやっと理解した。

 それってつまり、ステーキを作ってみようってことだよな。それは、自分で食べてみるため? それとも、火恋のため? ……僕のため?

 少しだけ、期待しても良いのかな――食事が運ばれてくるまで、僕はそわそわして気が気じゃなかった。
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