レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「何もかも違うよ。まず、主食だろ」
「主食? ごはんじゃないの?」
「違うよ。条国は御存知の通り玄米だけど、ルクゥ国の主食はパンなんだ。ライ麦が多いかな」
「そうなんだ」
晃は驚いて目を丸くした。
「わたし、パンって食べたことないの。聞いたことはあるんだけど」
「そっか。結構美味しいよ。大体が皮が硬くて、内はもちもちしてるかな。でも、皮も内も柔らかいものもあるんだよ」
「へえ。味は?」
「小麦の味だね。味っていう味はないかな。だから、バターとかジャムとかつけて食べたり、肉とか野菜とかを挟んでサンドウィッチにするんだよ。でも、甘いパンもあるんだよ。それはお菓子の部類だけどね」
「美味しそうだね。甘いパン食べてみたいなぁ」
想いを馳せるように、晃はうっとりした表情を浮かべた。
(僕も晃に食べさせてあげたいな)
でも、この国でパンを作るのは無理だろうな……。
小麦粉は手に入ると思うし、発酵させるのも問題ない。一日置いておくか、野菜や果物を使えば出来ると料理長に習ったことがある。でも、問題なのは窯だ。
この国には窯がない。魚を焼くのも網を使って火の上で焼くから窯は必要がないんだろう。
今度もし、ルクゥ国に帰国することがあったら持って帰ってきてあげよう。転移のコインならすぐだし。
僕は密かに決心して胸を弾ませた。
「いただきます」
晃は手を合わせて食べだした。僕も同じようにして箸を持って魚をつついた。
「レテラって、箸の持ち方上手だね。練習したの?」
「ん?」
僕は顔を上げて箸を見た。「ああ」と頷いて、
「そうだね。こっちの人が箸で食べるっていうのは聞いてたから、事前に練習してきたんだよ。あっちはフォークとナイフだから」
そういえば、ヒナタ嬢はどうしてるんだろう? 一緒に食事をしたことがないから、彼女が食事のときに何を使ってるのか分からない。
普段食事は、大広間に程近い部屋に集まって皆で一緒に食べているけど、ヒナタ嬢は顔を見せたことはなかった。
自室で摂ってるらしいけど、彼女は元々あまり食事をしない。神官や巫女は食事は一人で摂り、一日一食と定められているからだ。
一瞬、ヒナタ嬢が手づかみで魚を食べてる絵が浮かんだ。彼女のことだ、ありえないことじゃないような気がしてふと笑みが洩れた。
晃は不思議そうに首を傾げた。
「いや、何でもない」
「そう?」
笑いながら言った僕を、怪訝そうに眉を顰めて晃は見ていたけど、不意に、「そういえば」と言って話題を振った。
「仕事は順調みたいだね」
「え?」
突然のことに、僕は首を捻る。
「魔竜退治。噂は聞いてるよ」
「ああ、うん。ありがとう。でも僕は退治はしてないんだよ」
苦笑を浮かべた僕に、晃は目を大きくさせた。
「そうなの?」
「うん。ついて行ってはいるんだけどね」
晃は不思議そうに眉を寄せて、小さく首を傾げた。
「僕の仕事は状況の報告だから」
まあ、趣味でもあるんだけどね。
晃は、「そうなんだ」と言って、とんかつを一口頬張った。
自然と唇に目が行く。形の良い唇が動くのを見てると、密かにどきどきした。僕は、ぱっと目線を伏せる。
「ひ、晃は、どうなの。仕事」
緊張して声が上ずってしまった。でも、晃は大して気にしなかったみたいで、にこっと笑う。