レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
* * *
研究室に赴くと、珍しい事にマルの姿がなかった。紅説王が椅子に腰をかけ、足と腕を組んで寝ていた。
息をしてるんだろうかと思うほど、静かな寝顔だ。
僕は王の顔を覗きこんだ。
整った顔立ち、通った鼻筋、厚めの唇に、長いまつげ。――羨ましい。
こんだけの美形なら、誰であっても落ちるだろうな。しかも、王だなんて。世の中は不公平だよ、本当。
僕はじっと王の顔を見つめながら、小さくため息をついた。
それでも王は、女遊びをしたりはしないだろう。正室どころか、側室の一人だっていないんだから。いかんせん、紅説王は真面目すぎると思う。というか、この国の人は全体的に真面目な人が多い。
青説殿下しかり、晃しかり。
僕は、そういう条国人の気質を結構気に入ってる。
ルクゥ国はどっちかっていうと、陽空みたいないいかげんな人間が多い。それはそれで良いもんだと思う。肩の力を抜いて生きられるから。
でも、規律正しく、真面目に生きるというのは、誰かを傷つけたり、迷惑をかける可能性がすごく低くなる気がする。でもその分、自分を傷つけそうでもあるけど。
その上、紅説王は優しいし、気さくなところもある。頭だってすごく良いし。この世にこんなに完璧な人間を見たことはない。
「……でも、完璧な人間なんていないよな」
僕は胡乱気な瞳で王を見た。
「もしかして、王ってそっち系か?」
低声で呟いて、にんまりしてしまった。
〝男が〟好きなら、それはそれで面白い気がする。
「そっち系って、なんのことかな?」
不意に、王の唇が動いて心臓が跳びはねた。慌てて立って、数歩下がる。
開いたまぶたから青い眼が顔を出す。優しい瞳が僕を捕らえた。
「お、お、起きてらっしゃったんですか」
「まあな」
「いつから!?」
声が上ずってしまった。
王はおかしそうにくっくっと笑った。
「すまないな、レテラ。多分、キミが入ってきた頃だよ。ぼうっとしてしまってね。中々目を開けられなかったんだ」
「そ、そうですか……。いや。滅相もございません。こちらこそ、勝手に御尊顔を拝見してしまい、申し訳ありません」
深く頭を下げると、王は、「いや、良いんだよ」と仰ってくださった。
まだ眠そうに王は強く目を瞑る。
「御疲れですか?」
「いや。大丈夫だ」
王は軽く胸の前で片手を上げて、
「ところで、そっち系というのは何の話かな?」
唐突に話を蒸し返した。
にこっとした王の笑みは、他意はないのかも知れないけど、僕には意地悪な笑みに見えた。
思わず苦笑が洩れる。
「いえ。すみません。忘れてください」
「そうか?」
王はきょとんとした表情を浮かべた。
わざとなのか、本当に見当がつかないのか分からない。でも、頭の良い王のことだ。絶対見当はついてるはずだ。王はまた、意地悪そうに笑んだ。
やっぱり確信犯か……。存外、紅説王はちゃめっ気がある。
「すいません」
僕はもう一度頭を下げた。
王は申し訳なさそうに笑いながら、「いや。良いんだよ」と仰ってくださった。それで更に、僕は申し訳ない気分になったわけだけど、同時にほっとした気もした。
「ちょっと、考え事をしてしまってね。夕べは良く眠れなかったものだから」
「そうなんですか」
話を戻した王に、僕は同情の目線を投げた。
「何を考えてらしたんですか?」
また、術式のことだろうか? それとも民や政治のことだろうか。もしかしたら、青説殿下とまた何かあったとか? 僕は思考をフル回転させた。なんだか、わくわくしてくる。
「……魔竜のことだ」
紅説王は、哀しそうに眉尻を下げた。
「魔竜、ですか?」
今のところ順調にいってるはずだけど……。僕は怪訝に眉根を寄せる。
「レテラは、魔竜がこのまま減っていくことをどう思う?」
「喜ばしいことだと思います」
きっぱりと答えた僕を、王はやっぱりか――というような目で見た。予想が当たって喜んでいる感じではない。むしろ、残念がっているように見えた。
「もしや、生態系が乱れることを危惧してらっしゃるのですか? でも、元々魔竜が生まれる前は、他のドラゴンに脅かされることもありましたが、一応は人間が頂点であったわけですから。そんなに支障はないのでは?」
王は僕の質問にかぶりを振った。