レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「燗海の爺さんと、ヒナタちゃんがやられた!」
そう言い残して走り去っていく陽空の背を見つめながら、僕はしばらく絶句していた。
(やられたって、誰に? あの強い二人が、なんで?)
そう自問して、やっと僕は走り出した。
陽空の後を追って大広間へ行くと、ヒナタ嬢と燗海さんを含む数人が、傷だらけで横になっていた。
見た目にひどいのはヒナタ嬢で、彼女は利き手である左腕を失い、息も絶え絶えに肩で呼吸していた。燗海さんは目立った裂傷がふくらはぎと腕に幾つか、内臓を損傷しているのか、血を吐いた跡が服にこびりついている。
陽空やアイシャさん、新しくきたムガイ。マル、紅説王に青説殿下までもが対応に追われる中、僕はしばらく体が硬直して動けなかった。嫌な予感が背を這う。
混乱する頭を振って、僕はヒナタ嬢に駆け寄った。
「大丈夫?」
僕の問いかけに、ヒナタ嬢は僕を睨みつけることで応えた。
「ちょっと、すいません」
渋い声で、僕の横に割るように入ってきたのは、ムガイだった。僕は少しあっけにとられながらムガイを見た。ムガイはヒナタ嬢の左腕の患部をまじまじと見つめている。
ヒナタ嬢の腕は、ちょうど肘から下がなくなっていた。切断面は鋭利な刃物で落とされたように見えた。でも、ムガイは意外なことを言った。
「これは、氷系の能力で切断されたものですね。断面に氷が張り付いたことによる凍傷の痕が見られます」
(どういうことだ?)
てっきり、魔竜にやられたものだと思っていた。だって彼らは魔竜討伐に行った隊だったのだから。
「治癒します。少し痛いですが、我慢してください」
ムガイは、青白い顔のヒナタ嬢を勇気付けるように言って、「切断された腕はありますか?」と、訊いた。
ヒナタ嬢は小さく首を振る。
「そんな余裕はなかった」
ヒナタ嬢の表情が、悔しさで歪んだ。
あのヒナタ嬢が、余裕はなかったなんて口にするなんて……。
一体どんなやつにやられたんだ。
不安に駆られる一方で、無性に探究心が疼いた。
「分かりました。では、腕は諦めてください」
ムガイは残念そうに言って、両手をヒナタ嬢の左腕の真上でかざした。
すると、淡く、白い光がヒナタ嬢の左腕の傷口を包み込み、あっという間に筋肉がくっつき、皮膚が再生された。
(ムガイは治癒能力者だったのか……)
顔に似合わない能力に、僕は心底尊敬してしまう。治癒能力者は、能力者の中でも稀だった。僕はすかさずメモ帳を取り出して、今あったことを記載して行った。
ヒナタ嬢は治癒力のためか眠りについた。すやすやと眠る彼女は、出会ってから七年近く経つのに、相変わらず少女のように若く、妖しく煌めいている。黙っていたら――というか、行動しなければ、絶対男は放っておかないのに。
残念な気持ちでいると、燗海さんがむくっと起き上がった。
「今、治癒を」
ムガイが慌てて立ち上がったが、燗海さんはそれを制した。
「良いんじゃよ。ワシはもう治ったからの」
(もう治ったって、そんなバカな)
僕は驚きながら燗海さんを見上げる。燗海さんはふらつくようすもなく、しっかりと立っていた。身体強化能力は、回復力も並外れているらしい。っていうか、こんなのもう絶対、伝説の剣士、目黒燗海本人でしかないだろ。
僕の胸はおのずと確信故に高鳴っていた。
燗海さんが言葉を発する、そのときまでは。