レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「おはよう」
突然声をかけられて、僕は振り返った。
アイシャさんが微笑みながら軽く手を振っている。
「おはようございます」
「これから会議なのに、ぼうっとしてて大丈夫?」
アイシャさんは、心配そうに僕を覗き込んだ。
「大丈夫ですよ。ちょっと考え事してただけですから」
「そう」
小さく相槌を打つと、アイシャさんは頬を持ち上げた。
そういえば、彼女も魔竜に人生を狂わされた一人なんだよなと、ふと思う。
「――アイシャさん、結婚まだしないんですか?」
「しないわよ。だって、まだ片付いてないもの」
アイシャさんはきっぱりと言って、意気込んだ。
魔竜のパワーアップがなければ、アイシャさんは陽空と結婚していたはずだった。でもあの事件が起きて、正義感の強いアイシャさんはこの一件が片付くまでは結婚をしないと宣言した。結婚したら退職しないといけないからだ。
でも逆に、それによって腹が据わったみたいで、アイシャさんが自信を取り戻したのがひしひしと伝わってきていた。
それは本当に良かったんだけど――。
「陽空、可哀想だなぁ」
ぼそっと呟いた声をアイシャさんに拾われた。
「あら、そんなことないわよ。先日だって、どっかの飲み屋で女の子引っ掛けてたし」
怒りと呆れを孕んだ瞳で、アイシャさんは前を睨みつけた。
「それは、ちょっと話してただけだって。お持ち帰りしたわけじゃねーって言ったろ。なぁ、許してくれよ」
背後から詫びるような声音が届いて、陽空が横に並んだ。アイシャさんは陽空を疑るように見てから、ため息をついた。
「はい、はい。じゃあ信じてあげるわよ。今回だけね」
「よっしゃ。ありがとな。アイシャ」
陽空はガッツポーズをして、アイシャさんの頬にキスをした。ほんのりと紅く色づくアイシャさんの頬が、アイシャさんの想いを表していた。それを、打ち砕くように背後から冷たい嫌味が届く。
「おい。バカップル。そのセリフの応酬、何回目だ」
振り返ると、ヒナタ嬢が小バカにした笑みを浮かべて立っていた。その隣にいた燗海さんが、愉快そうに「ほっほっほっ」と笑う。
「まあまあ、良いではないか。ヒナタ。幸せはあるうちに噛み締めておかねばな」
「ふん」
ヒナタ嬢は鼻で笑って歩き出した。燗海さんはやわらかな口調だったけど、言ってることは案外シビアだよな。と、僕は内心で苦笑が漏れた思いだった。