優しい彼と愛なき結婚
壁に全身をぶつけた綾人さんの唸り声が聞こえる。
私はなにもできなかった。
自業自得の結果だ。
「おまえ、こんな男がいいのか」
私宛の問いかと思って顔を上げれば、大悟さんは後ろを向いていた。
「…どうかしら」
コツコツとヒールの音を響かせ、
新たな人物が顔を見せた。
「水無瀬!?」
叫ぶようなヒステリックな声が綾人さんから聞こえ、さらに状況が悪くなったことを悟った。
水無瀬さん。
高校時代からの綾人さんの彼女。
毎週水曜日、テニススクールであると偽って彼女と会っている。
しかし綾人さんにとって水無瀬さんは義理の妹だ。血の繋がりのある許されざる恋。
だからこそ綾人さんはカモフラージュのために私と結婚し、水無瀬さんと愛を育むつもりでいたのに。
この場に水無瀬さんが現れ、正に修羅場だ。
ホテルの同室にいる男女がどのような言い訳をしたところで、なんの説得力ももたない。