優しい彼と愛なき結婚
崩れ落ちた綾人さんを前に、これが夢であればいいと思った。
戻れることなら、やり直したい。
「綾人。私、高校時代からあなたが大嫌いだった」
「水無瀬、落ち着いて…」
床に尻餅をついた綾人さんは痛みに顔をしかめる。
無理もない。そこにはガラスの破片が散らばっているのだから。
「私が本気であなたを愛してると思っていたなら、馬鹿な男ね。あなたがその子を利用しようとしていたように、私も月島家を壊すために綾人を利用しただけよ。私の母を捨てた憎き月島家をね」
その目に宿る憎しみの炎は、彼女の言葉が真実であることを証明していた。
「自分のために世界が回っていると思っている勘違い男の心に入ることは実に容易かったわ。教えてあげようか、綾人」
「……」
「あなたのお父様、ううん私の実の父親でもあるわけだけど…毎月、数百万円の仕送りを私に寄越しているわ。あなたのお母様からは憎しみのこもった目で息子と別れて欲しいと頭を下げ続けられている。ーー月島家は私の思うがままだった」
「母さんも知っていたのか?」
大悟さんが声を上げた。
「ごめんね、大悟。あなたたちのお母様は全てご存知よ。まぁ私という隠し子のことを受け入れられなくても、離婚はしなかったようだけれど」
大悟さんは表情を歪めて目を閉じた。
旦那さんが不倫して隠し子を作り、自分がお腹を痛めて産んだ子がその隠し子と恋仲であると知った時、大悟さんたちのお母さんはどんな気持ちだったのだろうか。
その憎しみや怒りは計り知れない。
「私と綾人が付き合い続けることがなにより、月島家を苦しめると知っていたからーー私は綾人とずっと一緒にいたの。綾人と過ごす時間は、地獄のような日々だったわ」
水無瀬さんは美しく笑った。
「いつか種明かしをすることだけが、私の生きがいだったし、生きる意味だったわ」