優しい彼と愛なき結婚

「アンタが謝るようなことはひとつもないよ」


私の手を引き剥がし、大悟さんは言った。


「綾人さんの言うことを聞けば、借金を肩代わりすると言われました。悩んで断ろうと思いましたが、弟の写真を見せられて…」


握り締めていた写真を大悟さんに渡す。

玄関の明かりをつけて大悟さんは写真に視線をおとす。


「そんな怪しげなバイトをする程に歩夢はお金が欲しかったことを知り、動揺しました。弟のために綾人さんの言いなりになろうと、そう思いました」


これも言い訳だ。
結局は自らの意志で綾人さんの条件をのんだのだから。



「たまたまこのバイト先の奴らに絡まれている歩夢を見たわ。こういう店は下手に辞めるとヤバイから、店のオーナーには俺から話をつけておいた」


ビリビリと写真を破く。


「もうこんなバイトは二度としないだろう。写真のこともバイトのことも、歩夢には言うな。弟のプライドを守りたかったらな」


切り刻まれた写真をジャケットのポケットに押し込み、大悟さんは続けた。


「もう一度言うけど、アンタも俺に謝る必要ないよ」


「そんな…」


突き放された。
悪魔で穏やかな口調だったけれど、その顔にいつもの優しい笑みはない。


「だって結局さ、綾人がアンタにしたことと、俺がアンタに結婚を迫ったこと。同じじゃん。俺たちは兄弟揃って借金を抱えたアンタの弱みに付け込んだ」


「大悟さんは違っ…」


「同じだよ。実際問題、借金がなかったら、俺となんて結婚しなかったろ」


正論だ。
借金がなかったら、私は大悟さんとは結婚しなかった。する意味が、なかったーー


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