優しい彼と愛なき結婚
触れている手を離して、帰りたい。
今朝から楽しみにしていたけれど、今はただ大悟さんの側から離れたかった。
ほら、また。逃げようとしている。
「いくら羽奈が可愛くなろうと、美人になろうと。俺にとってあいつはいつまでもガキのままだし、女じゃねぇよ」
「……分からないですよ。そう思えるのは今のうちだけで。成長した彼女を見て心変わりをするかもしれません」
「なぁ、アンタさ」
不意に手が放され、そのまま顎に手をかけられた。無理矢理に上を向かされ、冷めた目をした大悟さんを直視することとなった。
「さっきから、まるで羽奈と俺が男女の仲になることを期待しているような言い草だな」
「……」
私の返事など求めていないようで、信号が青に切り替わると同時に大悟さんは歩き出した。
どうしていいか分からない私は遠ざかる彼の後姿を見つめる。
大悟さんは一度も振り返らず、横断歩道を渡り切った。
離れた手に、どうしようもなく哀しくなった。さっきは放して欲しいと思ったのに、なんて自分勝手なのだろう。
信号が点滅を始めても、私はそこから動けなかった。