優しい彼と愛なき結婚
溜息をついて携帯を操作する。
パスワードを入力して目的の画面を表示させる。
「これからはバイト代はおまえのために使え。借金を返すくらいの貯金、俺にもあるよ」
携帯のディスプレイを歩夢の方へ向ける。
「これ…」
俺のメインバンクの残高を見た歩夢は瞬きを繰り返す。
「元、世界を飛び回る商社マンの給料を甘く見んなよ」
今すぐにでも借金を返せるけれど、優里は受け取らないだろう。月島家から借りたお金が、今度は月島家の次男に借りたお金になるだけだ。それは彼女にとって意味のないことだろうから、敢えて言わなかった。
もし借金返済前に俺との生活が嫌になって、離婚を申し出た時には慰謝料代わりに渡そうとは思っていたけれど。
「それと、フットサルは就活のためだって?歩夢はフットサルの話する時、生き生きしてるよ。目が輝いてるしな。一生懸命やってるだろう?そんな歩夢の姿を見て、彼女は告白してくれたんじゃねぇの」
少し強めの口調になった自覚はあるが、止められなかった。
「ていうか、俺は桜野家の長になったつもりでいたけど?優里に、ばあちゃんに、歩夢に、何かあった時は俺がなんとかするよ。アンタはなにも心配せず、自分の青春を全うしろよ。家族のことは俺がなんとかするから」
家族の一員になった気がしていたけれど、歩夢の中で俺はまだ他人のままなのだろう。少なくとも安心して頼れる存在にまではなれていないらしい。
それが寂しかった。