優しい彼と愛なき結婚
鼻歌を歌い、軽快なステップで水無瀬はタクシーに乗り込む。
このまま空港に向かうと3分前に聞いて、驚いた。
キャリーバッグもなく、小さなショルダーバッグを下げた彼女は俺にタクシー代を要求した。
「元気でね、大悟」
「気を付けろよ」
その荷物の少なさが彼女の自由の象徴のような気がして、やっと月島家から解放されたのだと感じる。
"月島家の隠し子"
生まれた時からそうレッテルを貼られた彼女の辛さを計り知ることはできないけれど。
新たな人生では、もう誰も彼女をそう呼ばないだろう。
「またメールする」
「おう」
タクシーの中で大振りで手を振って、水無瀬は行ってしまった。
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