優しい彼と愛なき結婚
彼は柔らかな口調とは裏腹に強引にでも私との結婚を進めると譲らなかったし、私も好きな人の名前を明かさずに結婚はしないと言い張った。
平行線のまま料理を口に運び、早々に店を出た。
「どこか泊まっていく?」
綾人さんから聞いた初めての台詞。
この人は私に何を望んでいるのだろう。
愛人を認めるだけの心の広さを求めているのか、なにもかも気付かない鈍感な妻を演じて欲しいのだろうか。
「明日の会議の準備をしなければならないので、帰ります」
適当に答えた。もちろん嘘だとバレているだろうが、私たちはそれを指摘しあえる関係ではない。
「そうだね」
感情の読めない返事に安堵する。
やっぱり好きでもない相手に身体も心も許すことはできない。
いつの間にか立っていた鳥肌に苦笑した。