優しい彼と愛なき結婚
前屈みになっている体勢を整えて、綾人さんの手を振り払う。
「綾人さんの好きな私は、あなたの言うことに忠実な桜野 優里(さくらの ゆうり)でしょう。昔の綾人さんのことは尊敬していた反面、怖いと感じていて逆らえなかった。でももう止めて欲しい。…私を解放してください。どうせ私のことを愛していないのだから」
水無瀬さんと結婚できないから私を選ぶ。
そんな選択肢であれば、他の女性でもいいじゃないか。これ以上、私に付き纏わないで欲しいの。
「どうして?僕はいい旦那になるよ」
「私は自分の意思で大悟さんと結婚しました。これから大悟さんと一緒に生きていきます」
ああ。大悟さんと結婚できたことは私にとってお守りのようなものだ。
彼が味方で居てくれるから、胸を張って綾人さんと対峙できる。
「……今まで散々、世話してやったが、恩を仇で返すつもりか?」
「今までのことは感謝しております。借金もきちんと返します」
「借金?君の給料で返すには後何十年かかる?」
「何十年かかっても必ず返します」
車道に車を堂々と止めて、人通りの良い道で口論する私たちに視線が注がれている。
だけど綾人さんは引き下がらなかった。