優しい彼と愛なき結婚



***



5階建ての最上階に俺の目的地がある。

自身が学生の頃から通っており15年以上、慣れ親しんだ場所だ。


エレベーターはなく階段を駆け上がるしかない。
まぁフリースクールに通う生徒はまだ若いし余裕で上っていくから特別問題はないが。


「ちーす」


駆け上がった先に見えた青い扉を開けて、中に入る。そこは緑の絨毯が一面に引かれ、机と椅子やソファーが置いてあるだだっ広い空間だ。


「よく来たね」


出入り口近くに自身のデスクを構えた園長が出迎えてくれる。彼の出迎えの挨拶は俺がここに来た初日から変わっていない。


「これ。差し入れ」


パン屋の袋を差し出す。


「ありがとう、大悟。いつも悪いね」


白髪にぶ厚い眼鏡。いつもジャージ姿を愛用している園長はとにかく人の良さそうな顔をしている。

まぁ社会に上手く馴染めない半端者を相手にするくらいだから、性格は変わっているだろう。


「よし、勉強教えてやるぞ。誰からにする?」


「俺から!」


「浅木か、何の教科だ」


「数学!」


「りょーかい」


幼い頃から英才教育だなんだと言われて、家庭教師に見張られて勉強していた。そのせいか机に向かうことは苦ではなく、特別勉強が嫌だというわけでもなかった。

もちろん当時は勉強する意味を見出せずにいたが、フリースクールで訳ありの生徒たちに教えるようになってからは自身の知識に感謝するようになっていた。


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