聖女の魔力が使えません!~かわりにおいしい手料理ふるまいます~
頭を打ったら不思議な世界へ
ここは東京のテレビスタジオ。収録の時間が迫り、料理研究家・渡亜由美はイライラしていた。
「椎名ちゃん、なによこれ! こんなんでテレビ映えすると思ってんの?」
叱られているのは、椎名いずみ、二十六歳。
助手である彼女の仕事内容は、亜由美の料理紹介がつつがなくスムーズに進行するようサポートすることだ。
『ここから十分煮て~出来上がったのがこちらです!』というくだりで出る十分後の鍋や、盛り付けを終えた料理などを準備したりするアレである。
亜由美はいずみの盛り付けた皿を前に、不満をあらわにしている。
「駄目でしたか?」
料理は、サバとセロリの炒め物だ。白い皿の上に、茶色ベースの炒め物が載せられている。サバは動脈硬化の予防によく、高血圧の人におすすめのメニューだ。
「全体的に茶色いじゃない。お皿はただ白にするより、この料理だったらいっそ黒ベースの和物のほうが映えるでしょう? それに盛っただけってのがセンス無いのよ。ここにインゲンを添えれば、見た目も華やかになるでしょう?」
亜由美が持ってきたのは、黒地に朱肉でバッテンが描かれているインパクトの強い模様の皿だ。
いずみは一瞬、眉を顰める。
(べつにセロリがあるから緑がないわけじゃないし、こんな派手な皿じゃ、料理が負けてしまうじゃない)
だが、亜由美が盛り付けなおすと、黒地のおかげでただの茶色の塊と化していた料理は引き締まり、いんげんの鮮やかな緑が添えられたことで、炒められたセロリでは出せなかった華やかさが生まれた。
胸の奥にモヤモヤした感情が沸き上がったが、いずみは堪えて笑顔を作る。
「さすが先生! すっごく綺麗になりましたね!」
そのヘラヘラした態度が余計に腹が立つというように、亜由美は怒号を上げ始めた。
「そんなんだからダメなんだよ。椎名ちゃんはセンスがない! もういい! 今度から英美理ちゃんに頼むから。使えない助手なんていらないわよ!」
スタッフも大勢いる中で使えない宣言をされて、さすがのいずみも顔がこわばった。
「す、すみません」
謝罪を口にし、周りが気にしないように笑顔を向ける。けれど、心はどん底まで突き落とされたままだ。
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