聖女の魔力が使えません!~かわりにおいしい手料理ふるまいます~


扉をノックし、返事を待たずに中に入る。アーレスは相変わらず苦しそうな息をしたまま、ベッドに横になっていた。

「アーレス様、ご飯ですよ」

盆をサイドテーブルに置き、額に載せたタオルを交換する。
額に感じた冷たさに、アーレスがゆっくり目を開けた。

「……イズミ」

「気づかれましたか、アーレス様」

いずみはホッとして笑おうとした……が、自分でも予想外に、涙が浮かんできた。

「イズミ?」

熱のある体で、アーレスが起き上がる。ダメです、横になっていてください、と言いたかった。だけど、込みあがってきた嗚咽が、それを許さなかった。

「うっ……えっ……」

「泣くな、イズミ。すまない、心配をかけた」

「ぶ、……じ、でよかったです」

ぽろぽろと涙が零れ落ちる。泣く女を慰めることなど、アーレスの最も苦手とするところだ。
彼はしばらくオロオロと両手をさまよわせた後、おそるおそると彼女の背に手をまわした。
そして、ゆっくりと抱きしめる。

「……ただいま」

アーレスの体は、熱かった。まだ熱があるのだ、寝ていないと苦しいだろうに。
それでも彼は、泣く妻を安心させようと手を伸ばしてくれる。誰よりも優しい勇者だ。

いずみは鼻をすすって涙を封じ込めた。

「もう大丈夫です。横になってください、アーレス様」

「だが」

「おかえりなさいませ。帰ってきてくださって、嬉しいです」

「ああ。情けないところを見せたな」

一瞬顔が近づいてきて、いずみは思わず動揺した。しかしその体の震えを感知したアーレスは、すぐに身を離す。
< 144 / 196 >

この作品をシェア

pagetop