聖女の魔力が使えません!~かわりにおいしい手料理ふるまいます~
いずみのきっぱりとした声に、アーレスは虚を突かれたように無言になった。
彼女は人前ではオドオドとすることの方が多いが、時々、こんな風に芯の強さを見せる。
いや、おそらくいずみはもともと強いのだ。違う世界に引きずり込まれて、それても気丈に生きているのだから。
彼女がオドオドとしているのは、他人の意思を尊重するあまり、自分の気持ちが言い出せなくなっているときだ。
アーレスが強固に自分のせいだと言い張って、こうした返しをするということは、いずみがアーレスに慣れた証だともとれる。
そしてそれは、アーレスにとっては嬉しいことなのだ。
「……ふっ」
「どうされました?」
「いや。……イズミの言うことももっともかと思ってな。君からはいつも思わぬことに気づかされる」
「……え」
かあっといずみの顔が赤くなる。それもまた、アーレスの心を優しく温める。
彼にしては珍しく、無意識に手が伸びた。そして、彼女の黒い髪を撫で、軽く引き寄せ、目を細める。
「えっと、あの」
我に返ったのは、彼女との顔の距離が五センチに満たないくらいでだ。頬を染めた彼女が戸惑った表情をしている。
「あ、わ、悪い」
思わず手を離し、思い切り顔を反らした。
いずみは胸の前で手を合わせ、わなわなと身を震わせたかと思うと、すっくと立ちあがった。
「か、片付けてまいります!」
そして、食べ終わったアーレスの食事の盆を持ち上げると、さっさと部屋を出て行ってしまう。
静寂の訪れた部屋の中で、アーレスは頭を抱えた。
(何やってるんだ俺は! 屋敷で我慢できていて、今どうして手を出そうとした!)
自らの無意識の行動に呆れたアーレスは頭をくしゃくしゃとかき回す。
そして、ふと思い出した。
「……髪飾り、渡し損ねたな」
せっかくリリカ村で見つけた髪飾りだ。彼女が喜ぶのを期待して買ったというのに。
「まあ、いいか。機会はいくらでもある。屋敷に戻ってからでもいい」
アーレスは再びベッドに横になる。横になってみれば、体はずっしりと重く感じられた。
傷を負ったせいでの発熱なので、いくら体が屈強であろうとも一日くらいは下がらないのも仕方ないだろう。
こればかりは時間が必要だと、アーレスは大人しく目を閉じた。