聖女の魔力が使えません!~かわりにおいしい手料理ふるまいます~
騎士団長の長き恋
お盆の上で皿がぶつかり合い、ガチャガチャと音を立てる。
(び、び、びっくりしたぁ)
いずみの心臓は、ただいま過去最速の動きを記録している。
(キスしそうじゃ、なかった?)
思い出すだけで血が沸騰しそうだ。
逞しい腕、隆起した筋肉。弱ってもなお男らしさを感じさせる彼を思い出して、体が熱くなる。近くで見た彼の瞳は、海のような濃青だった。
「かっ……こいい」
このままでは興奮しすぎてお盆を落としてしまう。いずみは屋敷で待っているアメリやハッセを思い出した。
かわいらしい子供たちが、生活魔法を駆使し、いずみに見せてくれた時のこと。
(あ、ちょっと落ち着いて……いや、落ち込んできた)
一度ズーンと沈み込んで、気を取り直して復活をはかる。予想以上に落ち着いた。
(そうよ。落ち着いて考えたら、熱でボケていたのかもしれないわ。それに……別にキスされたっておかしくはないんだわ。私は一応、アーレス様の妻なんだし)
そして前向きに、先ほどのことを考えてみる。
新婚の夫婦として、先ほどの行動は何らおかしなところはない。
(むしろこの機会に、妻としての役目を果たさせてもらえばいいんじゃないかしら。私はこんなだけど……アーレス様だって今まで女っ気が全くなかったんだから、私で満足してくれるかもしれないし)
もしかしたら、これからは同居人ではなくちゃんと妻として扱ってもらえるかもしれない。そんな期待が、いずみを包む。
やがて食堂が見えてきて、表情を取り繕おうと深呼吸したイズミの耳に、エイダの甲高い声が聞こえてきた。